|
タカミネ氏の話を聞いて、生涯今の仕事を続けようと決意した精神科医もいた。
私は何から語ればいいのか分からなくて、言葉が出てこなかった。
しばらくして、これまで案内人としていつも明るく陽気に振舞っていたデイビット氏が自分のことを語り始めた。
自分にできることとできないことを知る
彼の兄はベトナム戦争の帰還兵で、帰ってきてから兄が変わってしまったこと。いま依存症で苦しんでいるが、家族の誰も彼を救えないこと。倒れて意識不明になり病院に運ばれるたびに、今度こそ本人が「助けてくれ」と声をあげ、依存症を認め治そうと思ってくれるチャンスかもしれないと思うのだが、まだ本人がその気持ちになっていないこと。
彼の突然の話に驚きながらも、彼がこうして私たちを案内してくれる意味を知らされたような思いがした。 彼は「ただ自分は待っているんだ」と言った。「しかし、依存症が脳にまで影響すると、ピクルスになったきゅうりが二度ときゅうりには戻れないように脳の障害は治らない」。
彼は「依存症は憎いが、兄さんのことは大好きだ。(脳に影響する前に)間に合えばいいのだが」と言った。
そして私たちに「自分にできることとできないことを知ることが大切だ。セルフケアを常に忘れないで欲しい」と訴えた。
彼は今、自分のことを大事にすることができるようになって、兄のことも自分が病むことなく待てるようになったのだという。
「日本からわざわざアメリカまで研修に来る人たちはみな、熱心で素晴らしい人たちばかりだ。でも、日本人は自分のことを大事にするのを少しおろそかにしているような気がする。どうか自分のことを一番大事にして欲しい」。
彼は何度も私たちにこう言った。 「すべてのことは、そのままで完璧なんだ(Everything is perfect)」。
「すべては今のままでいいんだよ。今のままで、すべてうまく行っているんだよ」。
彼の言葉が私にはそう聞こえた。とても抱擁力のある言葉だと思った。心にいつまでもジーンと響いていた。
貧しさの鍵を握っている依存症
私たちはアメリカ滞在の最終日、ロサンゼルスのスラム街から超高級住宅街までを水澤氏とデイビット氏に案内してもらった。
ダウンタウンのスラム街では、昼間から道端で紙袋を逆さまにして中にある酒びんをあおる人、歩道にある簡易トイレに住まう人、教会が配給する食事に並ぶ人、ビニールシートやダンボールの家、ドラッグの密売で有名な公園、そこにいる多くの人がなんらかのアディクション(アルコール依存症をはじめとする嗜癖障害)を抱えているのだという。 小雨の降る中だったが、車の中からさまざまな光景を目にした。
一方ビバリーヒルズやベルウェアと呼ばれる高級住宅街には、それぞれ個性的で庭の手入れも行き届いた大きな家が立ち並んでいた。 けれど、その中でもさらに金持ちの家は道から見えないのだという。林か公園かと思うような木々が並んでいる奥には超高級住宅があり、外からはまったく見えないのだという。
そういう家に住んでいる人は仕事をしていない人なのだそうだ。大きな会社のオーナーだったり、親の莫大な遺産を継いだ人だったり、有名なスポーツ選手だったりする。
水澤氏によると、親の遺産を受け継いでそういう超高級住宅に住んでいたが、ギャンブル依存症のためにすべての財産を失い、今や駐車場の守衛をしている人もいるのだという。
どの道も「人生」という山につながる
帰りの飛行機の中、そして今も、今回の旅は私にとって何だったのだろうと考えていた。
アディクションのことやカウンセリングなどに興味を持ったのは、「心の病」や「心の障害」という問題が、私にとって決して他人事ではなく、身近だったからだ。
自分がなぜ、そういう難儀な問題と向き合うのか? 向き合わなくても、楽に生きていく方法があるんじゃないのか? そういう迷いが常にあった。 でも、アメリカにいる間に感じたことは、登山家が「そこに山があるから登る」という心境と似たものだった。 「アルコール依存症」という病名が付いたことで、アルコール依存症は病気として認知されるようになりつつある。 それまではただ「のんべえ」とか「酒にだらしない人」とか、その人を揶揄したり、非難したりするだけの抽象的な呼ばれ方だったかもしれない。 病気を認めることは、治療につながる大きな一歩なのだ。病名は決して誰かを傷つけたり、陥れたり、非難したりするためにあるのではなく、治療に結びつけるためにあるのだ。
アメリカで感じたことは「アルコール依存症」という山、そのほかの病気や障害という山は、実は一つ一つ違う山ではなく「人生」という名の大きな一つの山なのかもしれない、ということだった。
みんなそれぞれ登山口は違っても、私たちは同じ山を登っている。だからどの道を行っても、誰にでも共通する知恵がある。
アルコール依存症をはじめとして、心の病や心の障害を決して「無視」するのではなく、認めることによって治療に結びつくことを願ってやまない。それこそが勇気であり、自分を大切にするということなのだから。
|