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自分がコントロールできるものは?
メイトリックスの研修を終えた翌日、私たちは水澤氏の案内でドクタータカミネの医院を訪問した。
本人の口から直接いろんなことを聞いて欲しいという水澤氏の意図もあり、私たちはタカミネ氏に関する情報をほとんど知らずに、サンタモニカのビルの一角にある彼の病院を訪ねた。
彼は80歳を越える高齢だが現役の内科医で、その日は私たちのために病院を休みにし、さわやかなブルーのトレーナーとジーンズというラフなスタイルで迎えてくれた。
シルバーの髪や眉、そしてブルーの瞳。日系人と言われなければ私には分からなかった。 彼は背筋を伸ばし、円座に座った私たちの中心に立った。そしてアルコール依存症について熱く語った。 後で知ったことなのだが、彼の祖父はアメリカに渡り、世界の家庭常備薬となった「タカジアスターゼ」と呼ばれる胃腸薬を発明した人で、アメリカンドリームを実現した最初の日本人とも言われている高峰譲吉氏。製薬会社「三共」の創始者であり、2千本以上の桜をニューヨークに植樹したことでも有名だという。
依存症のスペシャリストになった訳
内科医であるタカミネ氏が名刺の左肩に「アディクション(嗜癖障害)・スペシャリスト」と書いて、私たちのような研修生を受け入れているのは、彼の生い立ちにも関わることだった。
彼の祖父はアメリカで成功し巨万の富を得たが、家族はアルコール依存症で苦しんできた。依存症のために家族の何人もが若くして亡くなったが、そのことは決して公表されなかった。
心の病のある人を抱えた家族は、それをなるべく知られないようにする。そのこと自体が、さらに家族の心を病んでいく環境になることを、タカミネ氏は身を持って感じていたのだと思う。
人のせいにするのを止めることから
彼はアルコール依存症の3つの特徴について説明してくれた。 @時間とともにアルコールが人生の中心になっていく。 Aしだいにコントロールを失っていく。ゆっくりの人もいるし早い人もいるが、予測はつかない。またそれぞれ背景も違う。 B望ましくない結果が繰り返し起きているのに、また同じことを繰り返してしまう。 また、アルコール依存症になっている人の特徴は「否認する」や「人を操作する」ことだという。 「成長するというのは人のせいにするのを止めた時にはじめて始まる」という言葉があるが、依存症者にはそれができない。年をとればとるほど難しくなる。人を操作して人のせいにばかりするのだという。 依存症からなかなか抜け出せないのは、人は変化を恐れるからだ。どんなに悲惨だと思われる状況でも、人はそのままでいることを選ぶという研究の結果もある。本当に変わるというのは「言葉」ではなく「行動」だ。その人が行動した結果を見て、その人が変わったかどうかを信じることができる。 タカミネ氏の言葉には訴える力があった。
「声をかける」という種をまき続けよう
彼はなるべく一方的にならないように、私たちに一人ずつ質問を投げかけ、さまざまな言葉やデータを引用しながら語った。
彼の質問の一つで、とても印象に残っているものがある。 「アディクションになりやすい性格の傾向はあると思いますか?」
私は「ある」と思っていた。一緒に参加した研修生に回答が求められ、その人も「あると思う」と答えた。
彼は「ないと思う。誰でも、どこでも、どこに行ってもアルコール依存症になりえるのだ」と言った。
そのとき、私は自分の中にある偏見に気づかせてもらったような気持ちだった。 彼は依存症者を援助する立場にある私たちに、こう言った。
「氷河を溶かすように小さなことでも、チャレンジがあるところにはチャンスもある。その時本人に拒否されても、まったく聞き入れてもらえなくても、私たちはリスクをおかし、声をかけなければならない。そのために、どうやってどこに紹介するかを知っておくこが大事だ。その人が本当は助けを求めていても、誰も声をかけなければ、その人は救われないからだ。私たちは種をまきつづけなければならない」。
けれど、タカミネ氏は「紹介してもなかなかうまく行ったことはないのだ」という。
「自分は人をコントロールできないんだということを知った。自分にできることは自分のベストを尽くすだけ。『期待(expect)』はとても危険な言葉だと思う。私は期待せず『望む(hope)』だけだ」。
私は、アルコール依存症をはじめとするアディクションの問題を学ぶことは、自分の人生においてもよりよく生きていくための知恵を学ぶことのように思えた。
アメリカの旅の後半は、さらに人生について考える機会となった。

ゲティ・フォード博物館から見たロスの街
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