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心のケガやキズについて

自分の人生を生きるために  〜自分を大切にするとは〜

 このタイトルを前に、私は何度もパソコンに向かい、
自分自身と向き合い文章にしてきた。
 けれど、何度書き直しても満足できなかった。それは私はまだこのタイトルを語るに足る人間ではない、と思っているからだ。
  しかし、「自分の人生を生きるために」ついて、どうしても書かなければならないと思っている。
 私はいまもまだ、自分の人生に悩み苦しんでいる。
 このホームページを立ち上げようと思った原点に立ち戻るとき、私は自分が人に教えたり導いたりできないことを十分に感じながら、それでもこのホームページを立ち上げようと思ったことを、いま思い出している。
 苦しんでいる人間の一人として、今現在も「自分の人生を生きるために」もがき続けている姿を、私が感じていることを、考えていることを、そのまま素直にここでは書こうと思う。ただ、同じ苦しみを持つ人たちと分かち合うために。
                                                2004年夏

 

差別意識に対する罪悪感

  パーソナリティ障害という心の障害があることを知ったのは、カウンセラーの資格取得を目指し、受験勉強をしていたころだった。
 今から約2年ほど前のことだったと思う。 テキストには「ボーダーライン」のことが書かれていた。私はこのボーダーライン(境界線)という言葉が妙にひっかかり、身近にいる人もそうではないだろうか、と思ったことが始まりだった。
 インターネットでいろいろ調べるうちに「パーソナリティ障害」にいきあたった。そして、さらにパーソナリティ障害について調べるうちに、その性格がまさに「自己愛性パーソナリティ障害」にあてはまったのだ。
最初、それを見つけたときは「やっぱり精神障害だったんだ」と、なんだか妙に犯人を探し当てた探偵のような気分だった。
 でもその感情には、精神障害者を差別しようとしている自分がいることも感じていた。だから、「精神障害だ」と決め付けることに、うしろめたさのような罪悪感を感じたことも事実だ。
 この気持ちが変わってきたのは、いつごろからだっただろう。
社会がつくる三番目の障害

  障害というものが、WHO(世界保健機関)によると3つに分かれているということを知ったことも、きっかけになったと思う。
 3つの分け方によると、@インペアメント(機能障害)Aディスアビリティ(能力障害)Bハンディキャップ(社会的不利)とあり、三番目の耳慣れた言葉である「ハンディキャップ」とは、実は社会が作っているものだという。
 たとえば分かりやすく言うと、メガネをかけている人はメガネという道具が発明されていなければハンディキャップを負うが、メガネというものが発明され、それが手に入る世の中に住んでいる利用者にとっては、メガネをかけていない人と比べてほとんどハンディキャップがないわけだ。
 そのことを考えてみるとき、視力が低い人は自分は他の人と違って視力が低い、ということを認識したときにはじめて、メガネをつくろうということになる。もし、その人やその人の家族が視力の低いことを認めず、眼のいい人たちとなんら差はないんだ、と言い張ったとしても、視力の低い人はハンディキャップを背負うことになるわけだ。

 車椅子の人は、道の段差や階段の多い場所ではハンディキャップを負うが、社会が道の段差をなくし至る所にエレベーターを設置してくれたなら、車椅子の人のハンディキャップは軽くなる。
つまり、障害のある人の障害を社会がきちんと見極め対処していくことで、ハンディキャップは軽くすることができるということなのだ。
 障害のある人を「障害者」だと認めることは、決して差別ではなく、後ろめたいことでもないのだ。障害を認める、区別して考えるということは、世の中を住みやすいものに変える第一歩なのだから。
「知る」という救い

  私は、そういう心の障害があるということを知り、原因と考えられる子供のころの環境を知る機会もあって、落ち着いて相手に対峙するようになっていった。
 もし知ることがなければ、私は相手に対して今もまだ怒りをぶつけ、不毛なケンカを繰り返し、相手をコントロールすることに力を注ぎ、自分自身の心をすり減らしながら、どうして世の中にこんなにも分かり合えない人間がいるのか、ということに絶望の極みを感じ、相手か自分自身に対する犯罪者になっていたかもしれないとさえ思う。
 私は相手の障害を知ることによって、ある意味で自分自身が救われたと思っている。
 しかし、多くの人は「差別」と「区別」について混同しているし、「差別」という感情が自分も含め人間に根深く存在するものだということを思うとき、障害者を抱える家族にとって自分の親や子供が障害者であるということを認めることは、そう簡単に納得できる問題ではない、ということも理解できる。
 とくに心という目に見えない部分について、障害だとか病気だとかいうことを認めるのはさらなる抵抗が付きまとう。
 私の周囲にも、障害だと認めることは「レッテルを貼る」という罪悪感を持っている人が大勢いることも確かだ。
アルコール依存症との出会い

  パーソナリティ障害について知るようになってから、なにか共通するものを感じてアルコール依存症の講演を聴きに行ったことがある。そこで、アルコール依存症をはじめとするアディクション(嗜癖障害)という心の障害を知り、パーソナリティ障害とも根っこが同じであることを知った。
 近くにアルコール依存症者の自助グループであるMAC(日本マック)の施設があることを知って、アルコール依存症で長年苦しんできた人にも会った。

 彼は、自分の半生を何時間もかけて語ってくれた。自分の生い立ちや育った環境、両親のことや自分の別れた家族のこと、ヤクザの世界に足を踏み入れるようになったきっかけや浮浪者になるまでのいきさつ、その時々の心境。
 彼の話はまるで長い長いテレビドラマのようだった。目の前で懺悔(ざんげ)のような思いを込めて語る彼に、私は自分の家族とダブらせ、輪廻のようなものを感じていた。
 その中で苦しんできた彼自身が、「家族は見捨てなきゃダメです」と言っていた言葉は、「家族には何ができるのか」という思いで耳を傾けていた私の心に、強烈にいまでも残っている。
「家族援助プログラム」への参加

  ASK(特定非営利活動法人アスク:アルコール薬物問題全国市民協会)の存在を知り、自分の家族を、いや自分自身を救う方法があるなら知りたいという思いでアルコール依存症の家族を主な対象とした「家族援助プログラム」に参加したのは、それからほどなくしてだ。
 その研修に参加する前日、アルコール依存症の息子のことで悩む母親から相談を受けたときには、天からの啓示とも思えるような、援助する側の使命を感じないではいられなかった。
 しかし、その研修を終えて私が持ち帰った最大のものは、「もしかしたら夫もアルコール依存症かもしれない」という大きな不安だった。 
 自分の人生が真っ暗に思えた。なぜこんなところに嫁に来てしまったのか?私もいわゆる「共依存」に陥っているのか?
 一人では抱えきれない不安を、夫にぶつけた。夫はたしかに毎日のように酒をたしなむ。けれど、そのときも飲みながら感情をむき出しにすることなく、私の話をきちんと最後まで聞いてくれた。
「自分を信じよう」

  そして一晩眠って目覚めたとき、私が思ったことは「夫を信じよう」ということよりも、むしろ先に「自分を信じよう」ということだった。
 夫はたしかに毎日お酒を飲むが、私たち夫婦はこれまで酒が原因でケンカをしたことは一度もない。今はその事実を事実として認めよう。もし夫がこれから先、酒によって性格が変わっていくようなことがあるならば、自分はしっかりそれを見極める冷静な目を持っているはずだ。そのとき、自分はきちんとアルコール依存症に向き合っていけるに違いない。
 ことわざでいう「杞憂」のように、もし天が落ちてきたらどうしようか、ということを、天が落ちてくる前に心配して相手とケンカをすることのほうが、よっぽどバカげているじゃないか。今うまくいっているのに、相手を心配するあまり相手の嗜好を自分がコントロールすることは、それこそ境界のない共依存的な関係じゃないか。
 夫のことは夫にしか助けられないように、私も自分のことしか助けられない。それなら、まずは自分を信じるんだ。そう私はいま、こんなふうに冷静に考えられるのだから。
 自分のことをまず信じようと思えたとき、「夫も自分のことは自分でなんとか出来るはずだ」と、夫を信じて、落ち着きを取り戻している自分がいた。
 「家族援助プログラム」を受けて私の心の中は動揺し、自分で見つけた自分の中の壁を自分で乗り越え、そして何かが一回り大きくなったような気がしていた。
ヒーローは一人じゃない

  うちは数名の社員を抱える小さな会社を営んでいる。私も社員の一人として、あるときは嫁、あるときは単なる社員、またあるときは経営側として微妙な立場にある。その微妙な立場にときどき苦しむこともあるが、家族以外の人々を巻き込む組織の中にいて、あるとき感じたことがあった。
 それは、「仮面ライダーじゃなくて、スーパー戦隊を目指そう!」ということだ。
 子どもが好きで毎週見ていたテレビ番組が、仮面ライダーかスーパー戦隊だった。仮面ライダーは、チームは作らずヒーローは一人だが、スーパー戦隊は、タイムレンジャーやガオレンジャー、デカレンジャーなど、たいてい5人位のグループで組織するヒーロー集団だ。
 どうしてそんなことを思ったかといえば、あるとき私は「自分一人がなんとかすれば、なんとかなるんじゃないか」という罠に陥っていることに気が付いたからだ。私たち家族は、夫もそして私も、「自分さえなんとすれば」という思いが少なからずあったと思う。

 でもその思いは、結局自分自身をつぶしていく。自分一人ではどうにもならないからだ。
 考えてみれば、自己愛性パーソナリティ障害の人は、チームで協力して何かをするということが苦手だ。それは自分だけがヒーローであり、ヒーローは自分一人でたくさんだからだ。
 「自分さえなんとかすれば」という思いは、自己愛性パーソナリティ障害の人が抱えている感情と共通する、「思い上がり」という罠なのだ。
 仮面ライダーやウルトラマンを否定しているわけではないが、現実社会においてお手本とするならば、チームワークで戦うヒーローこそ見習うべき在り方だと思う。ヒーローは一人じゃなくていいんだ。自分一人ではなくて力を合わせるからこそ、勝てるんだ。自分一人でできないことは他の人にも力を借りればいいんだ。
それは、家族だけを頼りにするということではなくて、会社の問題は社員の問題として、社員みんなの力を借りればいいんじゃないか。
 そう思ったときに、自分の気持ちが少し楽になった。でも現状はなかなか厳しい。厳しい現状の中でいまも苦しんでいる。ウルトラマンでもスーパー戦隊でも、なんでもいいから私たちを救って欲しい。
でも、私は知っている。ヒーローは自分の中にもいるということを。そして、そのヒーローは今傷つき、なかなか思うように活躍できないでいるけれど、私の人生を救えるのは、やっぱり私自身なんだということを。
『毒になる親』を読んで

  自分の人生をなんとかしたいという思いから、私はこれまでいろんな本にも出会った。自己啓発の本、カウンセリングの本、パーソナリティ障害に関する本、などなど。
 あまり読書家ではない私が、苦しめば苦しむほど、時にそれは勉強するエネルギーになった。その時その時、本からは大切なことを学んだ。どの本も出会うべきときに、出会ったような気がする。
 その中でも偶然古本屋で見つけた一冊は、親のことで苦しむ私にとって非常に心強い味方になってくれた。タイトルは『毒になる親』(スーザン・フォワード、訳:玉置悟〈毎日新聞社〉)。ふっと目の中に飛び込んできたそのタイトルは、私を釘付けにした。そこに書かれている親子の関係は、まさにうちにもピッタリと当てはまった。
 その本は二部構成で、二部では「毒になる親から自分の人生を取り戻す道」として、具体的な「対決」までの方法について語られていた。
 その中で特に自分の気持ちが楽になったと感じたのは、「毒になる親を許す必要はない」という部分だった。
 「許し」については、相手を許さなければ、自分がいつまでも楽にならないのではないか、という思いが私自身にもあった。「許すことは大切だ」ということを人に諭されたこともあった。
 でも、謝ってもいない人を許すということ、自分の怒りや深い悲しみを心の中に閉じ込めて外に出さないということが、どれほど自分の害になることか、ということをその本は語っていた。そして、「怒りを抱いている自分を許すことによって、(略)毒になる親から自己を解放した者は、必ずしも親を許さなくても心の健康と平和を取り戻すことができている」ということを知って、とても安堵したのだった。
 「許す」ということは、私にとってまだまだ先の課題だ。でも今は、それでもいいんだと思っている。
「あなたへ」宛てた私への手紙

  『毒になる親』では、自分を取り戻すために最終的に親との「対決」が必要だ、ということを語っているのだが、セラピーの方法として、「手紙書き」についても紹介していた。
 私はあるとき、自分の気持ちを整理するためにも、相手に対する私自身の思いを洗いざらい書いてみることにした。

 『毒になる親』によると、@あたなが私にしたことAその時の私の気持ちBそのことが私の人生に与えた影響C現在のあなたに望むこと、の4点を必ず含めるようにということだった。
 私は、相手のことを英語で考えるときのようにI&Youで、淡々と冷静に、感情的になりすぎないように「あなた」という言葉で書くことにした。
 手紙の字数は七千字以上に及んだ。書き終えてから、私の心はとても整理されたような気分だった。今すぐ相手に渡そうという思いは最初から無かったし、死ぬまで渡さなくてもいいとも思っていた。
 そして、時間が経つにつれ感じてきたのは、あの手紙は実は私自身にも向けたものだったのかもしれない、ということだ。
 手紙の中で、私は人の人生をコントロールしようとするのをやめて欲しいということ。コントロールできるのは自分の人生だけであって、自分の人生の舵は自分がしっかり握り、人任せにしたり、人のせいにしたりしないで欲しいということ。人生におけるパートナーとは、一艘のヨットに二人で乗る相手ではなく、二艘のヨットがそれぞれ、自分で自分のヨットの舵を取りながら、同じ風を受けて、進んでいくことだと思うということ。自分の人生を本当に大切に生きて欲しいということ。そんな思いのたけを、私はある意味で雄弁に語っていた。
 でも時間と共に、書いた言葉は私自身に深くジワジワと伝わってきた。私こそ人のせいにしていないのか?自分の人生の舵をしっかり握っているのか?私は自分の人生を本当に大切に生きているのか?
出さない手紙は、単なる相手に対する手紙というより、自分自身にとって意味のある手紙になったのだった。
自分のパーソナリティ傾向を知る

  私は、自己愛性パーソナリティ障害に出会い、「本当に自分を大切にするとはどういうことなのか」という大きな命題をもらったと思っている。
 『パーソナリティ障害』(岡田尊司著〈PHP新書〉)を読んで、パーソナリティ障害全般が、自己愛の障害に由来していること、自己愛とは簡単に言えば、自分を大切にできる能力であることを知ったときに、私の人生において学ぶべきテーマがやっぱりパーソナリティ障害にあったのだ、ということを感じないではいられなかった。
 その本の最後に、チェック式の「パーソナリティ自己診断シート」があるのだが、私はそれで自分の傾向を知ったときに、かなり複雑な思いだった。
 設問に答えて行って、その○の合計数で、どのパーソナリティ障害の診断基準に当てはまる可能性があるか、自分がどういう傾向にあるか大雑把に把握することができるというものなのだが、私が一番傾向として強く現れたのは、自己愛性パーソナリティ障害だったからだ。
診断基準に当てはまる可能性があると考えられるのは、自己愛性の場合は○の数が5個以上で、私は○の数が4個だった。この1個の差が、健常と健常でない境目だというのか。たしかに、本にも「ただし、あくまで目安です」という但し書きがあったが、私にとっては、最も嫌悪を抱いている相手に、私は似た傾向があるというのだ。一体健常と障害の境目とはなんなのか。
 私は自分が、相手と似た傾向にあるということが、こうして診断として現れたことに、少なからずショックを受けていた。そうやって、自分の傾向を改めて知ってみると、たしかに思い当たるふしがたくさんあるように思えたからだ。 私は、夢を語ることが好きだ。そして、その夢は自分の身の丈をはるかに越えているような大きな夢だったりもする。私は、世の中で成功している歌手や女優や有名人のように、いつか自分もなれるのではないか、というような子供の頃に抱いていた感覚が、今でも残っていることを感じている。
  もちろん、それを冷静な目で見ている自分がいることも確かなのだが、その診断の結果を見て、自分の愚かさを表しているように私自身が受け取ってしまったのだった。
 なんだか、どんよりとモヤモヤしたショックを受けている状態から立ち直るのに多少時間がかかった。最初は、なぜ自分は元気がないのか、何を落ち込んでいるのかもよく分からなかった。カウンセリングの勉強仲間とミニカウンセリングをして、数日経ってからようやく自分がショックに思っていることが何なのか見えて来たのだった。
そして、私は大事なことを忘れていたことに、また気づかされた。「自分を信じる」ということだ。自分のことをしっかり見つめなおすことができる「自分を信じる」ということだ。
「自分が変われば、相手も変わる」?

  私はカウンセリングを学ぼうと思い始めたとき、「自分が変われば、相手も変わる」ということを少なからず期待していたと思う。この言葉は、ある意味で正しいとは思うが、いろいろな受取り方ができる分、間違った観念に囚われないだろうか、と今では不安に思う。「自分さえ変われば、相手も変わるのに」とか、「相手を変えるためには、自分が変わらなければならない」というようにだ。
 とくに、パーソナリティ障害という人並外れた特徴の持主に対するとき、この「自分が変われば、相手が変わる」という観念は、自分を泥沼に巻き込むことにもなりかねない。
むしろ、パーソナリティ障害の人に対するとき、とても大事なことは「いつも変わらない自分でいる」ということだと思う。
 
自己愛性パーソナリティ障害の人に接するとき、私がもちろん友好的で尊敬の念を持って接すれば、彼もしくは彼女はとても親密に接してくれることだと思う。しかし、自分の態度が過剰であればあるほど、私は自分が蒔いた種によって、相手から際限のない親密な要求に苦しむことになる。うまく付き合おうと思って、相手をおだてたり喜ばせたりする行為は、自分が吐き出した蜘蛛の糸に絡まっていくようなものだ。
 自己愛性パーソナリティ障害の人は、一生縁を切ったという相手とも、簡単によりを戻したりする。相手側がアプローチするしないにかかわらずだ。
 「自分が変われば、相手も変わる」という言葉よりも、今では「相手によって自分を変えないこと」「自分はいつも自分であること」のほうが、むしろ大事なように感じている。
 そしてもう一つ大事だと思うこと、それは「人とうまくやっていくことが大事なんじゃない、自分とうまくやっていくことが大事なんだ」ということだ。
 自分を常に、穏やかで安らかな気持ちに導くことができる。自分自身の気持ちをどんなときでも、いい状態にコントロールできる。それこそが自分とうまくやっていくことだと思うし、それができれば、自然に人ともうまくやっていけると思う。
メッセージと使命


  私は自己愛性パーソナリティ障害の人に出会ったことで、人生における本当に大切なメッセージをたくさん受け取った。それは苦しみと共にやってきたけれど、私自身、平和で穏やかなところにいたら、きっと学べなかったと思っている。だから、こうして出会うべくして出会ったのだとも思う。
 そして私にとってその苦しみは、反発力ともいうべくエネルギーになってきたことも確かだ。ときには反発力さえ湧かずに、気力も生気さえも失ってしまいそうなことはあるけれど、私が助けを求めれば、私を支えてくれる人がいることもまた感じる。そういうときに見える信頼という光は、この世で出会う本当に素晴らしいものだと思う。
 いま、私が心にしっかりと受けとめているメッセージは「自分を信じる」ということだ。
 またもう一つ、私の使命としていま感じているのは「自分を大切にする」ということはどういうことか、多くの人に知ってもらうこと、いや、一緒に考えてもらうことだと思っている。
「本当に自分を大切にする」ことができたとき、人はきっとお互いを大切にすることもできると思う。
 パーソナリティ障害の人とどう接していくか、日々の難問をどう解決していくか、そこから始まった私の「書く」という行為は、私が受け取った「メッセージ」と「使命」というところに行き着いた。
 けれど、日々の生活の中には迷いも多いし、もちろん神の声が聞えるような能力があるわけでもない。特別な魔法の言葉を自分が作ることもできない。だから最後は、「どうか、悩みや苦しみを持ちながらも、自分らしさを失うことなく、この世界でこの時代を一緒に生き抜いていきましょう」という気持ちを込めて、最近知ったこの言葉でしめくくろうと思う。


私の前を歩くな、私が従うとは限らない。
私の後ろを歩くな、私が導くとは限らない。
私と共に歩け、私たちはひとつなのだから。

〜アメリカ先住民、ソーク族の格言より〜



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