■ 2007年10月24日(水) ++ 子どものアトピーは… |
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昨日は、小4の息子に学校を休ませた。夜アトピーのかゆみのため、あまりにも眠れず、朝方になって熟睡している顔を見たら、遅刻してもいいか、と思ったからだった。 インターネットで、あれこれアトピーのことをまた調べるうちに、サウナに行こうと思い立ち、以前購入したサウナの券がまだあることを思い出した。サウナといっても、袋状のガウンを着て、穴の開いた椅子に座り、その穴から薬草を煎じた蒸気が出てくるというものだ。 回数券を購入しておきながら、1年以上も行っていなかった。電話をして、私も失礼なことを聞いてしまったかもしれない。 「まだ、やっていますか?」 これが、まずかったかもしれない。後になって思ったが、もともと、そこの人とあまり馬が合わなかったのだろう。だからこそ、私もあまり足が向かなくなっていた。 息子と2人でサウナに入り、かゆがる息子を先に終わらせ、帰り際のことだった。 お店の主は、アトピーについていろいろアドバイスをくれた後に、「子どものアトピーは、お母さんの努力で必ず治るから」と、おそらく励ましてくれるつもりで言ったのだと思う。 私もすかさず、「努力してないわけじゃないんですよ」と軽く返したのだが、その言葉の重みをまったく受け止めてはくれなかった。 車に乗って、時間が経つにつれ、どんどん腹が立ってきた。いろんなアドバイスをくれたって、身近にいる私にしか分からないこともあるし、私だってこれまでいろんなことを調べて、読んで、勉強して、試してきたのだ。そして何より、子どもと一緒に泣いたり笑ったりしながら、ここまでやってきた。決して努力してないわけじゃないし、人の苦労も分からずに、子どものアトピーを親のせいにされたような感じがした。 これまでにも、そういうことはたくさんあった。だから、子どものアトピーを話題にするのは、いつも嫌だった。私自身の苦労をただ聞いてくれる人は少なく、たいてい多くの人は、アドバイスをしようとするのだ。まるで、私が何も知らず、何もしていないから、子どもがそうなっているというように。 息子がアトピーになったことで、私はアドバイスよりもただ聞いてくれることの方が、よほどその人の力になれるということを知った。 いま私は、アドバイスよりも傾聴を大事にできているだろうか?
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■ 2007年10月8日(月) ++ 私はどこに? |
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この3連休は、なんの予定もない休みだった。台風の影響で予定もキャンセルになり、家族でただ、のんびり過ごした。 私は、リラックスしているようなしていないような、なんともいえない感じ。主婦は休みはあるようでないのだ。毎日が休みのようでもあり、毎日が仕事のようでもある。 私はわたしのやるべきことをすればいいのだが、つい、私ばっかりと思う自分もいる。心というのは、やっかいなものだ。自分が心をコントロールしているつもりでも、心に振り回されているような気もする。一体、私とは心にあるのか、それとも、心とは別に私があるのか、私自身が分からなくなる。 こんなときは、あんまり自分に焦点を当て過ぎない方がいいように思う。自分のことばかり見つめすぎても、分からなくなるばかりだ。少し、焦点をずらすことで、自分と居心地よくつきあっていけるときもある。本を読んだり、映画を観たりしたいなあ。感動に飢えているかも。
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