2006年9月25日(月)
運動会

 昨日は、小3の息子の運動会だった。きょうは、まだ少し疲れが残っている。
 運動会のプログラムの中で、なんだかジーンとしたシーンがった。
 特別、どうという場面ではないかもしれないけれど、私にとってはなんだかジーンと感動した。
 それは、全校児童が紅白に分かれての応援合戦でのことだ。それぞれ6年生が中心となり、応援合戦を繰り広げ、子どもたちは力いっぱい大きな声で自分のチームを応援した。最後に、「運動会の歌」という「あかあかあか、ゴー!ゴー!ゴー」「しろしろしろ、ゴー!ゴー!ゴー!」と全校児童の歌声が大空いっぱいに響き渡った。
 その歌声に私はなんとも感動してしまった。
 最近では、競争しないで子どもを育てる取り組みをしているところがあるというが、紅白に分かれて、子どもたちの「勝ちたい」という純粋な思いは、美しいことだと思うのだ。
 こんなに全校児童が一生懸命になって取り組む行事があるだろうか。そして、それがこうして目に見える形となって現れているものがあるだろうか、と思った。
 運動会っていいもんだねえ。子どもたちの健やかな成長を心から願った。

2006年9月4日(月)
疾走の疲れ

 きょうは、すごく体が疲れている。原因は分かっている。昨日、地区の陸上競技大会に参加したからだ。
 100メートル走とリレーに出て、合計200メートルを全力疾走したのだ。普段は運動といえばバドミントンくらいで、ダッシュなんてしたことないのだから、無理もない。
 結果は、見事にオオトリ。誰かが担わなければならない役目をちゃんと果たした自分をほめてあげたいと思う。
 なかなか人が集まらず、「出るだけでいいから」と頼まれたものだった。私よりは走れそうな人もいるのに、出ないという。一番になる人がいるということは、ビリになる人もいるということで、もともと足の遅い私には、そして周囲にも、最初から分かっている勝負だった。それでも出ないよりは、出るだけで点数になるから出てくれと頼まれたのだ。
 「よく、出たね」と自分でも思う。恥ずかしいという思いは、自分が感じるほど人は思っていないものだということを、この年になって分かるからだろうか。
 それでも、前の人たちにどんどん引き離されていく思いは、決していいものではない。今にして思えば、この疲れは単に体の疲れというより、「屈辱」だと自分では感じないようにしていた、そいういう自分への接し方に疲れたのかもしれない。
 疲れは午前より午後、昼より夜のほうが増してきて、いまはかなりきている。
 体が疲れると、ちょっとしたことにもイライラしてくるような気がする。たぶん、自分の勉強が進んでいないことも関係しているのだろう。そのほかにも、考えられることはあれこれある。
 うーん、こういうときは眠るに限る。体が疲れているのに、心だけ元気になるというこはできそうもない。

 あしたは元気、やって来い。


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