| ■ 無償の愛のつながり |
2006年05月23日(火) |
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毎日、何をしているのか結構忙しい。今年小学校の読み聞かせの会の会長になったことが大きな変化をもたらしていると思う。 毎週月曜の朝15分間、各クラスで読み聞かせをして、時間のあるお母さんたちは空き教室に集まり、反省会という名のゆんたく(雑談)をする。去年までゆんたく会にはあまり参加しなかった私も、会長になった今年はほとんど参加している。毎月1回夜に定例会もあるし、今月は社会福祉協議会が主催の「おはなしフェスティバル」に参加するため、出し物の練習もある。 読み聞かせのメンバーとは、朝顔をあわせ、夜にも練習で会い、翌日は会報の発行作業などでまた会い、毎日のように会っているような気がする。 ボランティアでみんなよくやるなあと思う。そういう私もよくやっているものだと思う。 なぜかなあ。みんなが無償で働く姿をみたら、自分もできることはやろうという気持ちに、自然になってくるからかなあと思う。 女性ならではの無償の愛でつながっているのかな、なんて思ったりもする。 報酬はないけれど、誰かのため、何かのためにすることが、誰かとつながり、何かにつながり、自分の生きる場所にもなる。 お金を稼げるようにもなりたいけれど、今の私は、ただで働くこと、見返りを期待しないで働くことを学ぶ時期なのだろう。 |
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| ■ すべてのことに意味がある |
2006年05月13日(土) |
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記者の仕事をまたやろうと思えたのに、結局ダメになったことを、私はいま、これでよかったのだと思っている。 記者の仕事をするために宮古島にきて、私は一生この仕事をしていこうと思った時期もあった。人に会い、話を聞き、それを書き、読んだ人に喜んでもらう。私はその一連の作業のすべてが大好きだったし、それで生活ができるなら、とくにそれ以上の何を望むだろうか、などと思ったこともあった。 けれど、会社という組織の中で、モラルハラスメントやパワーハラスメントに巻き込まれ(当時は、そういう言葉も知らなかった)、純粋に仕事が好きだという気持ちは消えてしまった。 その純粋な思いを、今回思い出し、取り戻すことができた。結局、記者の仕事をすることはできなくなったけれど、その純粋な思いを取り戻すことができただけでも、意味のあることだったと思う。きっとそのために、今回の事があったのだ。 私からチャンスを奪った相手を恨もうとは思わない。また、モラルハラスメントに巻き込まれるだけだ。それよりも、このことにも意味があり、新しいチャンスなのだと思うことにした。 「フリマを自分が主催してやってみようかしら」。そう思えた自分は、今をちゃんと生きているように感じた。仕事を辞めた直後とは違う、主婦の目線で、生活の中で感じる、ワクワクした思いが自然に湧いてきたことをうれしく感じる。 パソコンの入力などをするスタッフもやってみようと思う。少し前の自分なら、やってみようとは思えない仕事だ。仕事に対する理想が高すぎることは、自分でも感じていたけれど、それも和らいできたということだろう。 毎朝、東に向かい唱える感謝の言葉も、抵抗なく口から出てくるようになってきた。 必ずいい方向に導かれているのだから。大丈夫。 自分で自分にいつもそう語っている。 |
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| ■ 「毎月1回フリマの日」実行委員会 |
2006年05月11日(木) |
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最近、夜中に目が覚めたらなかなか寝付けないことが多い。いろいろ考えてしまうからだ。あれこれ、頭の中は、手をつけたまま、散らかったままで、整理がつかないものが多い。その上さらに、新しいことにまで手を出そうとしている。 「フリマが毎月1回あったらいいのになあ。」 ふと、思った。そうだわ。自分が主催すればいいんじゃない。場所はどこがいいか、参加費はどれくらいがいいか、あれこれあれこれ、計算したり、文書を作ってみたり、夫に相談してみたり、息子にも聞いてみたり。 フリーマーケットの楽しさを知っている息子は「いいんじゃない」と、結構乗り気だ。よし、それなら、実行委員会の副委員長に任命することにした。副委員長の報酬は1回千円ということで、契約成立だ。 問題はまだまだ山積みだが、とりあえず、考えるのは楽しい。童話のアイディアを考えるように、生活も考えればいいのかも。たった一度の人生なのだから、童話のように考えるだけの楽しみではなく、やってみる楽しみも味わってみよう。 ちょっとそんな気がしてきた。 |
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| ■ すべてはうまく行っているんだ |
2006年05月06日(土) |
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最近また、童話を書いている。ゴキブリがカブトムシの角をつけてゴキカブトになるお話だ。 予定していた記者の仕事がなくなり、いまできることをしようと思ったら、その気持ちが童話に向かった。書いたからといって、お金になるわけではないけど、一つの作品ができあがった後は、自分の中からまた一つ大切な子どもが生まれたような、うれしい気持ちになる。 ゴキカブトの話は、家の中のゴキブリに殺虫剤を向けた瞬間に思いついた。「ゴキブリはなぜゴキブリっていうだけで人間に殺されるんだろう?」。そこには差別や偏見があるような気がした。 強い差別や偏見を持った人が身近にいるからこそ、そういう気持ちが湧いてきたのかもしれない。 いまの私だからこそ、書けるものがあるような気がする。 ここのところ、毎朝、東の空に向かってすべてに感謝することから一日をスタートしているせいだろうか、何事もこれでいいのだと思える。 これはいいなあと思うアファメーションも暗記してから1年以上になるかな。ジワジワとその効果も出ているような気がする。 これが、言霊(ことだま)というものなのかもしれない。 |
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