見守ってくれている霊 2006年01月25日(水)

   なんだか、ここのところいろんなことがあった。始めたばかりの株で頭がいっぱいのところに、ライブドアショックが起き、ボランティア活動でも初めてのケースとなる仕事が入り、そんな中、実家(栃木)の両親がやってきて、一緒に沖縄本島を旅行したら白い光が見えて、それがしっかり写真に写っていて、それは、親戚のおじさんの魂だということがわかり…、こんな感じで日記にも何から書いたらいいのかまとまらない。
 いわゆる心霊写真というのだろうか、そういうものを撮ったのも初めてだったので、なんだかしみじみと感じている。心霊写真といっても、決して恐い感じはしない。不思議なことに、その写真を撮るとき同じ方向を見ている人は他にもいたのに、光が見えたのは私だけだったのだ。決してレンズの反射とかではなく、たしかに被写体の方にある物体として写っている。
 霊やオバケやUFOを見たことはないけれど、案外私はいろんなものを見る方なのかもしれない。
 最近でいえば、親戚のお葬式の後、初七日までの間にお焼香に行った3日間の帰り道すべてで、冬だというのにホタルを見つけたし、この世とあの世の違いというのか、亡くなった人たちが、私たちのことを見守ってくれているんだな、ということをとても強く思う。
 本当に不思議だなあ。亡くなった人はまるで魔法使いのようだ。
 そして、その意味をこの世の私たちに教えてくれる人の力も、またまた不思議だなあ。
 朝一番、太陽が昇ってくる東の空に向かって、いつも深呼吸をしている。今朝はとくに、感謝の気持ちを込めて手を合わせた。
  
 


株で頭がいっぱい? 2006年01月12日(木)

   最近、かなりのめりこんでいるものがある。それは株の勉強だ。去年の暮れから何冊か本を読み始めて、知れば知るほど、知らないことがたくさんあることに気づき、まるで何かに追われるように勉強している自分がいる。
 ちょっとやりすぎかもしれない。夜はぐっすり眠れないし、家事もおろそかになっている。
 何かにのめりこむ時期というのはあるだろうし、その時期に基礎的な力も身につくのだと思う。そういう時期は必要だろうし、仕方ないとも思うのだが、この猛ペースに、少し疲れてきた。
 株は、そう簡単ではないということは分かった。儲かったという人は、短期の売買が多いようだが、短期の方が難しくて、失敗も多い。素人は中期から長期(1年ぐらい)のスパンで考えるか、人気企業の株主優待や配当を楽しみにするぐらいが無難だということも分かった。
 証券会社が無料で提供しているバーチャルの株売買ゲームがあるのだが、なかなか増えないどころか、目減りしている。
 株の奥深さを語ったらきりがないだろうが、私が「へえ〜」と思ったのは、株の値動きが実は人間(投資家)の心理と密接に関わっているということだ。
 株の値動きが、ニュースや社会情勢、政治や経済に関わることは、想像どおりなのだが、その日その日の値動きには、投資家の見えない駆け引きがあり、心理の読み合いがあるということに、また株の難しさを知ったような思いがした。
 株は、私にとって経済的な自由を手に入れるための手段だと思っているが、決して生活の大半をそこに注ごうとは思っていない。けれど自分の性格上、いまは知らないことが許せずに、また新しい知識を身につけようと思ってしまう。早く自分なりのペースをつかみたいと思う。
 夫が今日見せてくれた週刊誌に、みずほ証券の誤発注で22億円稼いだという27歳無職男性の話が載っていた。
 その若者は5年ほど前に百数十万円を元手に開始し、約1年後には6千万円、その翌年には1億円、現在の資金はほぼ百億円だという。2億円を超える豪邸に住み、毎日自宅の部屋に並ぶパソコンを前に取引をしているのが、「楽しくない。辛いだけ。数字が増えただけで、最初から株を知らないほうが良かったかもしれない」と語ったと言う。
 あまりにも虚しい話しだ。
 何のためにお金が欲しいのか、そのためにはどれくらいお金が必要なのか、そういうことを真剣に考えはじめたのも、最近だなあ。
 株に「カブり」と食べられないようにしなくては…。
 


悪夢を見ても… 2006年01月03日(火)

   今年元日の朝方見た夢は、最悪だった。警察に人殺しだと疑われ、車を盗まれ、極めつけは、見たこともない気持ちの悪いムシ(というのか、生物)に指をかまれ、巻きつかれるというものだった。久しぶりにうなされた。
 始まりが最悪なら、これから先は良くなる一方だろうと思うことにした。
 今年、私は「お金の増やし方」について学ぼうと思う。これまでの人生において、お金は自分の生活と密接に関わっているのに、「お金の稼ぎ方」しか学んでこなかったことを、いまつくづく感じている。
 仕事を辞めるとき、一番ネックになったのが収入、つまりお金の問題だ。もちろん、そのほかにも問題はいろいろあったけれど、何より悔しかったのは、私たちの生活(つまり収入のすべて)を、人に握られているということだった。
 自分の人生を思うように生きたい、と思っても、お金をもらう相手(つまり経営者)に対して、従業員としてその収入に頼った生活をしている場合、どうしても弱い立場になる。
 義父が社長であり、その会社で働く私たち夫婦は、どんな無理難題にも、どんなに目の当てられない状況にも、戦っても戦っても勝ち目がないことを思い知らされた。
 私は「経済的に自立したい」と強く強く思った。
 そんな強い思いがあったからこそ、専業主婦になることにも抵抗があった。
 けれど、もうこれ以上、会社に行って死んだように生きることの方が耐えられなかった。
 専業主婦となってもうすぐ1年。自分の中の尖った思いは丸くなり、心もだいぶ楽になってきた。
 でも、家計は苦しい。家計簿もちゃんと付けるようになったし、お金の大切さも以前よりずっと感じるようになった。自分が生きたいように生きるためのお金が欲しいと、心から思った。これから先は、「どうお金を稼ぐか」が課題だと思っていた。
 しかし、『金持ち父さん貧乏父さん』(ロバート・キヨサキ/筑摩書房)を読んで、「お金をどう稼ぐか」よりも、「お金をどう働かせるか」が、金持ちになるために必要な知恵だと知った。
 去年の年末、心に決めたことは、「お金のために仕事をしない」ということだ。たとえ、お金が必要で仕事をすることになっても、「お金のため」とは思わずにできる仕事をしよう。そう決めた。だから、今年はまず、お金の勉強をする。お金に苦労しないですむ人生を手に入れるために、勉強をする。
 仕事をしたくないわけではない。
 お金のためではない仕事をするとき、必ずいい仕事ができると思う。
 そういう仕事をしたいと思う。
 今こうして、自分の思いがここに至ったのは、義父の存在があったからだと思う。自己愛性パーソナリティ障害だと思われる強烈な存在があったからこそ、私は自分の人生を取り戻し、手に入れるためのエネルギーが湧いてくるのを感じる。
 これから先、失敗や大きな壁が立ちはだかっているとしても、それらすべてが自分の人生をよりより方向に導いてくれるためのものだと、いま信じることができる。
 どんな悪夢を見ても、私のいまの気持ちは変わることがない。
 

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