だんご作りの縁 2005年09月29日(木)

   昨日は、息子が通う小学校の学年行事の手伝いで時間のある母親たちが20人以上集まった。十五夜はもうすぎてしまったが、「十五夜まつり」ということで、朝からひたすらだんごを作った。
 私は地元出身でもないので、まあまあ顔見知りのお母さんはいるものの、それほど親しい人はいなかった。
 しかし、午前中いっぱい、顔を突き合わせ、世間話や子どもの話をしながら、かなり盛り上がった。
 監督タイプの人、縁の下タイプ、太っ腹タイプ、心配性タイプ、天然系タイプ、つっこみタイプ、年も性格もまったく違うお母さんたちが絶妙なバランスで、だんごづくりもおしゃべりも、それぞれの役をこなし、あっというまに、千個以上の見事なだんごが出来上がった。
 私はどんなタイプだったのか?自分では良く分からないが、そんなことはどうでもいい。あんなに人と一緒に笑ったのは、本当に久しぶりだった。
 何がおかしかったのか、何であんなに笑えたのか、それほど親しいわけでもなく、名前さえ知らないお母さんたちと、ほんの数時間を一緒に過ごしただけで、昔からの友達のような気持ちにさえなった。
 人と笑う快感をしばらく忘れていたなあ、とつくづく思った。笑っているときは、たしかに、アドレナリンか何か、脳内物質が出ていたのだろう。まったく疲れを感じなかった。
 きょうは、体がだるい。主に、粉からこねるのを担当していた私は、力仕事系の盛り上げタイプだったのかもしれない。
 人との間にどちらかというと距離感のある私は、だんごづくりのおかげで、少し自分のカベのようなものが取っ払われた感じがした。
 上下関係のある会社にいた頃は、あんまり味わえなかった感覚だ。
 誰かと一緒に何かをするって、いいもんだなあ。
 


赤勝て!白勝て!運動会 2005年09月24日(土)

   昨日は、小2の息子の運動会だった。小雨が降ったり止んだり、太陽が出て暑くなったりとめまぐるしい天気の中、無事終わった。
 前日も急な用事が入り忙しい中、スイートポテトを作ろうと下準備したり、当日は早起きしてお弁当をつくり、PTAの綱引きにも参加して、かなり疲れた。
 夕べは、息子と一緒に9時前に寝てしまった。
 運動会は今年、紅白に分かれ、各競技を点数で競ったため、かなり盛り上がった。私が子どもの頃は、紅白に分かれて戦うのは当たり前だったと思うのだが、最近では、「個性重視」とかいう教育方針のせいか、生徒同士を戦わせたり、競わせたりしないようにしているのかな。
 でもそれって、果たして本当に個性重視なのだろうか?と疑問もある。
 先日、学校で十五夜のお団子作りに協力してくれる父母の打ち合わせがあったのだが、限られた時間の中でお団子を子どもにいくつ作らせるか?ということになり、私は「3分なら3分と時間を決めたら、その中でたくさん作れる子はたくさん作り、一つを丁寧に作る子は、一つでもいいのでは?」と話した。
 しかし、結局先生が、「いいえ、時間の無い中で、けじめがつかなくなりますから、一人一つにしてください。一人一つです。」と、念を押されてしまった。
 カウンセリングの勉強を一緒にしている友人が、最近の子たちは、物事の受け取り方がすごく肯定的だと思うという話をしていた。
 職場体験に来ても、良いことだけを書いて、終わりなのだという。
 プラス思考とか、良い部分に焦点を当てるとか、たしかに大事なことかもしれないが、たしかにそれだけでは、前向きになれないこともある。
 マイナスが決して悪いわけではない。プラスがあれば、必ずマイナスが存在するのだから。前がある限り、必ず後ろもあるわけで、後ろをしっかり向いて、十分に味わってからでなければ、前を向けないことだってある。
 運動会が終わってから、息子が言った。
「でも、今日の運動会、あんまり楽しくなかった。かけっこでも一番になれなかったし、踊りもとなりの子とうまくいかないところがあった。」
 私は、「でもよかったんじゃないの?」と言いながら、友人との会話を思い出した。
「そうっか。悔しかったんだね。そういうこともあるよね。」と言い直した。
 運動会を見ていて一人で泣けたのは、高学年のリレーだった。バトンを落とす子、転ぶ子、ゴールしてから泣いている子。全然知らない子なのに、見ていて涙が出てきた。あの子たちにとって、今日の運動会は決して楽しい思い出ではなく、悔しくて、つらくて、思い出したくもない出来事かもしれない。でも、そういう思い出も、人生という長い目では、きっと大切なものなんだろうなあ。
 ならば、今日のことを今すぐ、簡単に肯定的に受け止めることはない。今はその悔しさ、つらさを、じっくり味わえばいいんだ。
 前向きになるのに、時間をかけることも大事なことなんじゃないだろうか。
 時間をかけずに、すぐに前向きになることを求めることは、結局後に、たいしたものは残らないのではないだろうか。
 今のこの気持ちをじっくり感じる。いいこともわるいことも。それでいいんだよね。そんなことを考えた運動会だった。
 


カメおじさん 2005年09月21日(水)

   今朝、いつもの公園に散歩に行った。夏真っ盛りの頃は暑いし、子どものラジオ体操もあるしで、朝の公園をジョギングするのはお休みしていたのだが、少し涼しくなって、また再開。ジョギングというより、その日の気分でゆっくり散歩でもいいことにした。
 今日は、外の空気は吸いたいものの、散歩よりもただ寝そべって空でも眺めたい気分だった。
 いつも歩くコースから離れて、小高い丘の上にある木製の遊具のところまで行ってみた。下を見ると、ちょっとした広場にたくさんの荷物を広げている人がいる。気になりながらも、遊具の上に寝そべって空を見る。変わった鳥の鳴き声がさっきから聞こえていたのだが、静かな空を見上げると、ますますその声が気になりだした。何かを訴えるような叫び声にも聞こえる。
 どこから聞こえるのかな?なんの鳥かな?
 広場に荷物を広げているおじさんをもう一度見下ろす。どうやらあの荷物のどれかから聞こえてくるらしい。それに、よく見ると、おじさんから少し離れたところにある濃い緑色の塊は、一つかと思えば二つで、動いているではないか。
 カメだ〜。陸ガメだ。
 二つの塊はゴチンゴチンぶつかりながら、動いている。おじさんは、広げた荷物をなにやらゴソゴソといじっている。ビニールパックか何かをいじっているパリパリという音だ。
 何してるんだろう?
 やっぱり歩こう。おじさんのいるところに近い遊歩道を歩いてみた。
 あの鳥の鳴き声は、やっぱりおじさんの荷物だった。鳥かごがあって、白い大きめな鳥がいるのが見える。
 ぐるっと回ってみたが、広げている荷物までは見えなかった。
 気になる。
 すると、一人のお姉さんがおじさんのそばに行ってなにやら話しかけている。戻ってきたお姉さんにそれとなく聞いてみると、「パックに入ったカメがいっぱいいました。売るんですかね?」という。
 カメおじさんと白い鳥?パックに入った子ガメたちかあ?なぞだなあ?
 私はますます、カメおじさんのことが気になりだした。
 よし! もう一周してまだあのおじさんがいたら、今度は私も近づいて見せてもらおう。
 案の定、あれだけの荷物があるので、私が最短距離を一周しても、やっぱりおじさんはいた。
 「見せてもらってもいいですか?」
 勇気を出して声を掛ける。カメおじさんは、まだ40代くらいの以外と若そうな、思ったより優しそうな人だった。ホッとした。勝手に私はもっと悪人の顔を想像していた(ヒドイ!)。
 聞けば、おじさんは沖縄のあちこちを白いオームと陸ガメをつれて旅していて、そろそろ宮古島で暮らそうかなと思っているらしい。今は近くの宿に泊まっていて、カメを太陽に当ててあげようと思い、連れて来たのだという。いわゆる甲羅干しというわけだ。
 その仕方というのが、大きい二頭は野放しにして、小さな子ガメたちは、虫かごに入れたり、ゴムでとめたビニールパックに入れたりしてだ。
 子ガメは全部、野放しでいままさに交尾をしようとしているカメ夫婦から生まれたものだという。一度に4,5個の卵を産み、カメおじさんがふ化を手助けするようになって、2年くらい前からどんどん増えていったのだという。子ガメたちは、ざっと20頭くらいだろうか。
 話している間にも、ゴムでとめただけのパックからは、すぐにカメたちが逃げ出す。おじさんは、野放しの二頭を気にしながら、パックから逃げ出すカメたちを、中に押し込む作業をずっとしていたのだ。
 その方法なら、なんとか全部のカメが逃げないように、見ていられるのだという。
「売っても、みんな死なせちゃうみたいなんですよ。だから、カメ園でも開こうかなと思って…。」
 宮古島にはマンゴー園やドラゴンフルーツ園、ダチョウ園にヤギ園のようなところもある。カメ園はまだ、聞いたことがないなあ。いいかも。いいかもねえ。
 帰り道、すごくさわやかな気分だった。あのまま、カメおじさんがなぞのままだったら、かなりモンモンとしていたかもしれない。
 カメおじさんは、白いオームと旅する人だった。そして、カメおじさんの夢はいつかカメ園を開くこと。どのカメも死なせたくないから。
 日常の中にも、(自分にとって)かわった出会いがある。そういう出会いって、たまらなく面白いなあ。
 今日の出会いに感謝!
 


人への不満は自分の不満足から? 2005年09月18日(日)

   先週、那覇に一泊でボランティアの研修に行ってきた。久しぶりに家を空けて、外の風を感じるのも刺激があっていいものだ。でも、今回の刺激は「ストレス」という名の刺激が多かったような気がする。ただ、いろいろ考えさせられたという点では、意味のあることだと思うのだが…。
 多くの講義に不満を感じたし、参加している人にさえ、疑問を感じたりした。そういう風に感じている自分自身にもあまりいい気がしなかった。
 じゃあ、自分は何様のつもりなんだ?「自分はみんなと違う」と思うことさえ、不遜なんじゃないの?
 いろんな不快な思いが渦巻いて、やりばのない怒りが、まさにストレスだった。
 けれど、いい出会いもあった。二日間、さまざまな講義を受けて、その中の講師の一人が、人として本当に尊敬に値する方だった。知識も経験も豊かで、キャリアもあるのに、謙虚でつつましく、おごりがまったくない。
 講義の最後に、質問を受け付けたのだが、話しやすい雰囲気からか、多くの人が手を上げ、時間を15分以上オーバーしてしまった。すると、「いや〜、私が時間の配分を間違えてしまいました。申し訳ありません」と謝ったのだ。時間をオーバーしているのに、手を上げるなんて失礼だな、と思っていた私には、まったく考えもしない発想だった。その一言で、人に不満を感じていた私は、ガツンと一発殴られたような気がした。
 世の中にそういう人がいるというだけで、十分に感動だった。
 帰ってきてから、私は自分に焦りを感じていたんだなあと思う。夢を持ったのはいいのだけれど、そのためには「〜しなければ」という気持ちで、いっぱいになっていたと思う。新しいアイディアが浮かばずに、こんなんで夢は叶うのかな?と焦っていたんだと思う。完璧主義のところが、自分にあるんだなあと改めて思った。
 「ありのままの自分を認める」というのは、案外難しいものだ。
 焦っている自分に、「焦るな、焦るな」と言うことは、ありのままの自分を認めているとはいえないんじゃないか、とも思った。
 焦っていてもいいじゃない。完璧主義でもいいじゃない。不満も不快もストレスも、感じていいよ。もっと楽しめばいいのに、と思っても、なかなか楽しめない自分もいいよ。
 今感じている気持ちを無視しないで、否定しないで、いっぱいいっぱい感じてみよう。そう思った。
 そしたら、自分が少し楽になったような気がした。まあいいかっ、って気持ちになった。
 やっぱり自分の心にゆとりがないと、人に不満を感じるのかなあ。
 研修で出会ったあの講師のように、周囲にいる人を穏やかな空気で包み込めるような人になりたいものだなあ。
 


運動の秋に思うこと 2005年09月14日(水)

   9月も半ばになり、ここ南国宮古島でも、残暑厳しい中にも、秋を感じる。
 空の色が、クマゼミが鳴いていたころより、ずっと青いような気がする。夏のモクモクした雲も残っているけれど、とにかく空の青がきれいだ。とくに今日は一段と。
 近くにある小学校と中学校から、運動会の練習をしている音楽が聞こえてくる。ソーラン節やら、エイサーやら、鼓笛隊やら。平和だなあ。のどかだなあ。いいもんだなあ。
 昨日は小学校の読み聞かせのお母さんから連絡があって、午後、手作り紙芝居をつくる作業を手伝ってきた。平日の昼間ということで、専業主婦で時間のあるお母さんたちが数人集まった。
 私は読み聞かせの会には入っているものの、これまで働いていたこともあり、月に1,2回、学校の朝の時間に自分の息子がいるクラスを中心に本を読みに行く程度の活動しかしなかったのだが、今年は夏休みと週末に行われる特別教室まで手伝うことになった。
 まあ、それはそれで、いろんなお母さんたちとも知り合いになり、自分の息子も一緒に行って遊べるので、楽しいといえば、楽しい。
 けれど、どうも私は人見知りをする方なんだと思う。たぶん、人には決してそう見えないかもしれないが、私自身の中では、親しくなるまでに時間がかかるというか…、普通の日常的な会話だけでは、何回会っても、親しくなったとは思えない。
 昨日も、はっきり名前も分からないお母さんたちと世間話をして、「平日の午前中に市の体育館でバドミントンをやっているから、来ない?」と誘われたのだが、行く気にはなれなかった。
 そうか、専業主婦の女性たちは、こうやって平日楽しんでいるんだあ、と思った。
 まあ、お金の掛からない遊びだし、自分の健康のためでもあるし、自分の健康は、家族のためでもあるのだから、決して悪いことではないのだが、その辺が、元仕事をしていた女性ならではの固い考えなのかもしれない。
 やっぱり、遊ぶなら稼がないと、と思ってしまう。
 そういう考え方が、私自身に壁をつくり、友達の幅を狭め、交際範囲を広げるのを邪魔しているのかもしれない。
 仕事をやめたことで、自分の固定観念がどういうものなのか、あらためて感じている。
 もっと、自由になれればいいのにねえ、と思う気持ちもあるけれど、なれない自分がいるからこそ、私はいま自分の世界を創りたいと思っているんだ。
 自分が生きている意味を見つけたいし、できることなら、残したい。
 ただ、バドミントンに誘われただけで、そこまで考えるとは。ちょっと考えすぎだ。
 単に、バドミントンより卓球の方が好きなだけかもしれない。それに、本当にやりたいのは弓道だし。だけど宮古島には道場がないんだよね。
 いつか弓道場付の家を建てるぞお〜!
 


伝えたいことを伝えるのは難しい… 2005年09月10日(土)

   最近の私はどうなのだろう?
 夕べ、子どもはおばあちゃんち、夫は飲み会で、私は久しぶりにゆっくり一人になる時間ができた。
 さあて、好きなように過ごせるぞ、と思っても、なんだか何をする気にもならなかった。パソコンに向かうのも億劫だし、本を読むのも面倒だし、ただテレビの前でボーっとして、何を見たのか、何を考えていたのかも、あんまり覚えていない。
 数日前に、童話を書いている人の集まりがあって、私は二つのお話を読んでもらった。たった3人の集まりなのだが、その日が2回目で、私なりに楽しみにしていた。今月は童話賞の応募もいろいろあるので、それに向けて推敲を重ねていたからだ。
 二つの作品のうち、一つは、何度も何度も推敲を重ね、ストーリーを膨らませ、それでも読めば読むほど、もっと直したほうがいいような気がしていた。
 もう一つは、最初に書いてから、それほどの手直しもせず、ページ数の調整ぐらいをなんとかしようと思うくらいだった。
 最初に見てもらったのは、推敲を重ねた作品。二人の反応はいまいちで、ここはもっとこうした方がいいとか、こっちはこの表現はどうかなとか、このとき主人公は本当にこう感じるだろうかとか、それははっきり言って、全然ダメという感じだった。
 もう一つの作品は、すごく面白いという感想だった。
 今にして思うと、何度も手直しをした作品は、今の自分に無理をしていたなあ、と思う。「生まれてきて良かった」というメッセージをストレートに伝えたかったのだが、それは、今の私にはまだ伝えられないことなんだなあと感じた。
 もう一つは、最近こわがりになっている息子のことを書いた話。今の私の等身大のメッセージがそこにはある。
 童話を書くとき、最初に伝えたいメッセージが先にくると、どうしても面白いストーリーにならないし、いいお話にならないような気がする。
 単純に楽しいストーリーが浮かんだときに、メッセージは後から付け足すくらいの気持ちで書くときの方が、素直で私らしい作品になるような気がする。
 なぜ、私は童話を書くのか?それは本当は、伝えたいことがあるからだと思うのに、伝えたいことが先に思い浮かぶと、うまく伝えられないなんて、なんてもどかしいんだろう。
 なぜ、私は童話を書くのか?それは本当は、自分自身が楽しむため、それが最初にくるべきなのかもしれないなあ、といま思う。
 自分が苦しんで書いた童話で、人を感動させたり、楽しませることができるのだろうか?
 童話ってそういうものだろうか?
 自分が楽しんで書いた童話だからこそ、人にも感動してもらえて、楽しんでもらえる、そういう構図を自分は求めていたからこそ、童話を書こうと思ったんだよね。
 メチャクチャに言われた童話から、私はいろんなことをまた考えさせられた。
 次の日、私はその童話を書き直そうと思った。でも、アドバイス通りに直したら、それは私自身の作品ではなくなってしまうような気がして、もう一度考えてみた。考えれば考えるほど、楽しいとか、面白いとか、そういういう気持ちから離れていくのを感じた。
 その日、画家のエッセイを読んだ。「キャンバスの上では、何をやっても誰からも文句を言われない。有名になって絵を売ろうとか賞をもらおうとか思わない限り、自由な世界なんだ」という言葉が胸に響いた。
 三日目、その作品を今書き直すのは、やめにした。締め切りの期日はどんどん迫ってくるが、その作品にこだわればこだわるほど、しがみつけばしがみつくほど、いい作品にはならないような気がした。恋愛や人間関係にも似ているかもなあ。
 また、別のお話を考え始めた。そのほうが、ずっと楽しいし、ワクワクする。
 でも、ちょっと疲れた。だから、昨日は何もする気になれなかったのかなと思う。
 やっぱりボチボチがいい。ボチボチいこう。ムリせずに。
 


妖怪にならう生き方 2005年09月02日(金)

   このHPを立ち上げて、1年が経った。
 1年前の私は、1年後の自分が会社を辞めて、こんな風に家にいるなんて、想像していただろうか?
 次の1年後は、また想像もしないことになっているのかなあ?
 先日、朝のNHKの番組に、「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげるさんが出ていた。司会の方が、水木さんの事務所にお邪魔して、「ねずみ男」のキャラクターについて、どうしてそのキャラクターができたのか質問をしているとき、水木さんの事務所にたくさんあるキャラクターグッズの中のまさに「ねずみ男」がコテッと、大きく倒れた。司会者が驚きの声をあげると、水木さんは落ち着いたまま、「まあ、何か来ているのでしょう」というくらいな返答をしていた。
 その水木さんの言ったことで、忘れられないのは、「人間は働くから不幸になる」という意味の言葉だ。
水木さんいわく、「妖怪は自由だ。どんなことをしても許される。何をしてもいい」。それが妖怪だという。
働くことはいろんな不幸の始まりだ、と。
 うーん、たしかにそうかもしれないと思った。水木さんがそう感じたのは、「ゲゲゲの鬼太郎」がヒットして仕事がどっと増え、とても忙しい日々を過ごしたかららしい。
 今の水木さんを見ると、こじんまりとした小さな事務所で、自分が生み出した妖怪のグッズに囲まれ、仕事もそれなりにつづけているみたいだった。決して不幸そうではない。
 じゃあ、水木さんは働いていないということか?
 私の疑問は広がった。水木さんはいま、遊んでいるということか?そうかもしれない。
 「働く」というのは、よく傍(はた)を楽(らく)にすることだ、というけれど、それって自己犠牲的でもあるし、できることなら、妖怪のように、水木さんのように、生きたいものだ、と思う。
 私が妖怪になるとしたら、どんな妖怪かな?妖怪より、どうせなら妖精のほうがいいなあ。
 

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