夏の出会い 2005年08月29日(月)

   先週、久しぶりに息子の担任の先生に会った。
「まあ、色も白くなって、アトピーもよくなってきた?」という言葉が耳に残った。
 うちの息子は、琉球人と本土人のハーフとはいえ、肌の色はあきらかに本土系で、太陽にあたるとすぐに黒くなっていく島の子と違い、赤くなっては、また戻ってしまう色白タイプだ。
 夏休みも終わるというのに、なんだか不健康に見えてきた私は、息子をプールに誘った。プールといっても、アトピーの息子に塩素が入った普通のプールは肌によくない。日焼けするなら、海に行けばいいのだが、潮水が痛くて嫌がる。そう、宮古島に唯一あったではないか。天然湧き水のプールが。
 というわけで、先週、車で片道30分かけて(住んでいる所から一番遠い地域の)、天然湧水プールに行った。そこは、町が運営する子ども用の小さなプールで、断崖を降りていく途中の、海の見える眺めのいい場所にある。断崖の下はビーチになっていて、以前記者をしていた頃には、海ガメの調査で足跡を見つけたこともある。
 午後3時すぎ、太陽のカンカン照りつけるプールには女の子と男の子の姉弟二人だけがいた。
 ジイジとバアバの住むこの島に二人だけでやってきて、畑仕事をしているジイジに連れてきてもらったのだという。夕方、ジイジが迎えにくるという。
 聞けば小3と小1という。いくら、平穏な宮古島とはいえ、水遊びに子ども二人だけというのは、なんとも危険じゃないの?と思いつつ、二人とすぐに仲良くなった息子は、楽しそうに遊びはじめた。二人の姉弟は、黒光りするくらいツヤツヤの真っ黒な肌で、見ていると、どちらが本当の島の子なのか分からない。
 次の日もまた遊ぼうという約束をして、その日は、西にある断崖の陰に太陽が隠れるまでたっぷり遊んだ。
 翌日、2時前に行くと、また二人だけの静かなプールにその子たちがいた。私たちを待っていたとばかりに、喜んでくれた。楽しい時間はあっという間にすぎ、息子は「あしたも来る?」と聞く。
「あしたは来れない。もう帰るから」と、お姉ちゃん。
 この2日間で、息子の肌はうっすらと小麦色になり、夏の思い出が体にも染み込んだようだった。
 一日おいて、また次の日、肌の調子もいいようなので、今度は私もプールに入るから、と誘ってまた出かけた。
 日曜日ということもあり、入れ代わり立ち代り、さまざまな親子づれがやってくる。その中に、体の線の細い、おばあちゃんとやってきた女の子がいた。息子の肌をみて「アレルギーなの?」と聞いてきた。自分もアトピーなのだといって、病院には行っているのか、薬は何を使っているのか、自分のことを説明しながら、熱心に語りかけてきた。
 そのうち、私と息子と女の子の三人で遊ぶようになり、しだいに息子は女の子と二人だけで遊んでいた。先日の健康的な女の子とは違い、今度はやせていて、ちょっとかよわそうに見える女の子だ。息子はしっかり相手の違いをわきまえているようだった。人を笑わせたり楽しませる才能がある息子は、相手を楽しませようと、次第に行動がエスカレートしていく。女の子だけでなく、近くにいる人たちをも笑わせようとしだす。
 たった3日間でも、少しは小麦色になって、少しはたくましく見えてきた息子を見ながら、成長してるんだなあと妙に感じた。夏休みの宿題のことで、もう気をもむのはよそう。
 宿題よりも大事なものを、きっと得られた夏休みだっただろうなあ。と思うことにして。
 


子どもとモノと夢と 2005年08月24日(水)

   最近、自分の心の状態があんまりよくないような気がする。とくに子どもと一緒にいる時間が。
 もうすぐ夏休みも終わりだというのに、息子は宿題は終わっていないし、自分の好きなことばかりやろうとする。なんでも親に頼ろうとする。
 ついつい、子どものことをコントロールしてしまおうとする自分がいる。ガミガミ言っている自分がいる。イライラしている自分がいる。
 私自身の子どもの頃を振り返ると、まじめな方だったので、宿題をやらないでも平気で過ごしている我が息子の感覚を理解するのが苦しい。
 子どもを自分とは違う別の人格なんだからと、理解しようと頭で思っても、心では割り切れていない自分がいる。
 夕べ、宮古島がふるさとで、現在は大阪で暮らしている知人に会った。小4の息子と小2の娘がいて、小2のうちの息子を連れて行くと、花火をしてすぐに仲良くなり、その後はコンピュータゲームで遊びはじめた。
 1万円以上するというコンピュータの機械をそれぞれ持っていて、何千円もするというソフトもテーブルにぶちまけるほどたくさん持っている。持っていないと、友達にも相手にされないのだという。
 夏休みに実家に帰って甥っ子たちの部屋をのぞいたときにも、今の子は物持ちだなあ、と思ったことをまた改めて思った。
 うちの息子も一人っ子で、こっちの祖父母からすればただ一人の孫なので、おもちゃはたくさん持っているほうだと思う。
 けれど、そういう今の子どもの姿というのは、よその家庭を見てはじめて、見えてくるのかもしれない。
 親はなんのために働き、なんのために生きているのか、と考えてしまう。
 子どもを育てるため、という大前提はあるにせよ、その行為自体は、人が持っているモノを買うため。流行のモノを買うため。人並み、いやそれ以上のモノをそろえるため。苦労して働いたお金はモノに姿を変え、家の中はモノであふれている。モノに振り回されていないだろうか。
 大人は子どもに将来の夢を語らせるけど、大人になったら、自分たちは夢のために働いているのではなく、モノのために働いているのではないだろうか。
 大人は自分たちの本当にやりたいことも、行きたいところも我慢して、子どもにモノを買ってあげるために、自分の人生をむなしく過ごしていないだろうか。
 子どもはたしかに大事だ。健やかな成長を願わずにはいられない。
 でも私は、子どものためだけに生きているわけではない。一番大切なのは自分だ。息子にも、そのことは以前から話しているので、息子はわざと「お母さんが一番大事なのは何?」と聞いてきたりする。私が「自分」というと「だよね、オレだって自分のことだよ」という。
 親が自分の夢を追いかける生き方を子どもに見せること、それが、子どもが夢を実現させようとする力になる、そう信じたいと思う。
 それが理想なんだよね。
 けれど、日々「あれが欲しい」「これを買って」とねだる子どもに、どうしたらいいのか戸惑っている。
 子どもと過ごす時間が長くなればなるほど、これでいいのか親の態度?とギモンも増える。
 「夏休み はやく終われと 願う親」
 今の素直な心境でした。
 


もったいない時間 2005年08月19日(金)

   今日は久しぶりに朝から雨が降り、なんとも涼しい風が吹いている。
 宮古島では、この三日間は旧暦のお盆で、きょうはユークイ(送り)の最終日。
 隣の家には仏壇があるらしく、親戚が訪れにぎやかだ。隣の家は親子関係もいいようで、ことあるごとに息子夫婦や孫たちがおとずれ、にぎやかで楽しそうだ。
 隣の芝は青く見える、というもので、いいねえ〜とは思うが、うちの実家の現状に、もうそれほどぼやく気もしない。
 いま私の心はとても穏やかなことを感じる。
 今日コンビニで、以前仕事でお世話になった人にばったり会った。
 「仕事辞めてしまったの?もったいないねえって、話していたのよ」と言われた。
 私の心の中では、「いいえ、辞めたことで貴重な時間を得られたんです」と答えていた。
 言葉にはならなかったけれど、自分に言うだけで十分だと思った。
 今の私は、人から見たら何にもしていないもったいない時間に見えるかもしれないけれど、私はその時間に、大事な夢に向かって、一つ一つ積み重ねていこうと思う。
 あきらめないで、コツコツ行こう。
 


ああ、夏休み、夏休み。 2005年08月13日(土)

   ああ、久しぶりだ。ここにこうして向かうの。何から書いたらいいだろう。
 仕事をやめて、小2の息子と家で過ごす初めての夏休み。去年はどうしても行けなかったラジオ体操に、今年は休みながらも、ボチボチ行っている。
 自分が小学低学年ころ、母親が一緒にラジオ体操に行ってくれたことを思い出す。あの頃は、親に対してありがたいとか、早起きするの大変だろうなあ、なんてちっとも考えたことはなかった。親が早起きするのはあたりまえで、自分はラジオ体操のカードにハンコをもらうことしか考えていなかったと思う。
 仕事をしていた去年は、夏休みなのに、どうして平日よりきついことをしなければならないのか、と思うと、腹立たしくて、「ラジオ体操」なんていう日本の夏休みならではの習慣が不合理に思えて、文句まで言っていた。
 今年は、といえば、早起きして日中きつければ昼寝をすればいい、と思える心と体のゆとりのせいか、ラジオ体操も悪くないもんだ、なんて思っている。
 朝の空は気持ちがいいし、自分が覚えているラジオ体操の歌を子どもも口ずさんだりしていると、なんだかうれしくなったりする。それに体の調子もいいような感じさえする。子どもは「早起きすると、一日が長いから得だよね」とまで言っている。
 し・か・し! 夏休みはもういいって感じだ。私は一人になる時間が欲しい。ゆっくりパソコンに向かう時間が欲しい。
 ああ、ぜいたくな悩みかもしれない。
 なんとなく、落ち着かない日々を送っている夏休みなのでした。
 


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