自分以上にはなれない 2005年05月28日(土)

   昨日、ボランティアの集まりがあって、私はみんなの前で何度か話す機会があった。私よりも年配の人たちを前に、昨日はまったく緊張しなかった。メンバーがよく知っている人たちばかりだったからか、なんなのか、帰ってきてからふと考えていた。
 数日前に見たテレビを思い出した。美空ひばりの「川の流れのように」などを作詞し、多方面で活躍する秋元康さんの話を思い出した。
 秋元さんは、「まったく緊張しない。人前で緊張したことがない」のだという。なぜなのか?「自分のことをカッコよく見せようとか、あんな風に見られたいとか、そういう思いがまったくない。緊張っていうのは、人によく見られたいという思いがあるから緊張するんだと思う」ということを話していた。
 美空ひばりと初めて会ったときも、まったく緊張しなかったという話を聞いて、ある意味でふてぶてしい人だとも思ったが、なるほどなあと、妙に関心した。
 「自分は自分以上にはなれない」ということかあ。「今の自分をそのまんま受け入れる」ということかあ。
 そのテレビを見た後、初めて会う人にかしこまった言葉遣いで、いつもよりちょっと背伸びしていたり、会う人や場面によって、少し態度が違っていたりする自分がいたことに気が付いた。そうそう、これが緊張の元だと、思った。
 どんなときも、どんな人と会うときも、飾らずありのままの自分でいられるようになりたいと思った。
 そんな思いがあったからだろうか。昨日緊張しなかったのは。たまたまかもしれないけど、自分以上にはなれないこと、人前でよく見られたいという思いが緊張を招くこと、背伸びはしないで生きていこうということ、しっかり心にとめておこうと思う。
 


息子はカウンセラー 2005年05月25日(水)

   これまで何十年も続いたベッドの生活を止め、布団の生活にしてから、毎晩布団をしくときは必ず息子が手伝ってくれる。布団をしいたあとすぐに、ごろんと寝転ぶのがなんともいえず気持ちがいいのだ。
 夕べは、布団をしいてすぐに寝るわけでもなく、息子と二人、いろんなおしゃべりをした。
 いまの生活になって、家のこともだいぶできるし、一緒にいる時間も増えて、お母さんはいいなあと思っていること、でも、何年もこのままでは生活が苦しくなること、お母さんはまたやりたい事を見つけたいこと、でも、なかなかそれが見つけられないこと、などなど。私自身のことを小2の息子にまるでカウンセリングでもしてもらうように、思いのまま話した。
 息子は一通り聞いて、「お母さんのしたいようにしたらいいんじゃない」と言い、「英語の勉強はもうしないの?」「本をつくる仕事はいつするの?」と、私が以前「したい」と言っておきながら、しないでいることをズバリと質問してきた。
 ここ最近、自分自身のことや先のことなど、とりとめなく考えていたが、息子の質問でまた少し、やるべきことが見えてきたような気がする。
 


家族のためにデキルコトとデキナイコト 2005年05月20日(金)

   先週、NHKの『ためしてガッテン!』の「ハウスダスト対策」を見てから、寝室の大改造に取り組み、毎日掃除に明け暮れている。
 息子のアトピーが少しでもよくなるように、これまでのベッド生活をやめ、ふとんの生活にしたのだ。ここに引っ越してきてまだ2年だが、ベッドを片付けると下にはかなりのホコリやカビが姿を見せた。
 寝室の窓、畳、エアコン、家具の裏や下側、これまで気になっていた部分を徹底的に掃除し、いままでとは見違えるようになった。専業主婦にならなければ、日々の仕事に追われ、ここまでやろうとは思わなかっただろう。シーツのこまめな洗濯や、ふとんの掃除機がけ、取ってきた薬草の日干しなど、家にいるからこそできる家事もある。
 専業主婦となってよかったのだ、と思いながらも、毎日義父が社長の会社で、持っている力を発揮できずにいる夫を思うと、やはり私自身にも収入があったらなあ、という思いがまた湧いてきたりする。
 もし私に収入があったら、夫はやりたくない会社に行かなくてもいいのではないか?
 でもまた思う。それは違うかもって。夫にとっては私と息子がいることが生きる甲斐になっていることは確かだろうし…。
 まあいいっか。あんまり考えすぎないようにしよう。私にできることは、自分の心の状態をいつもなるべく穏やかに、柔らかにしておくことぐらいかなあ。
 夫には夫の人生があって、私には私の人生があって、子どもにも子どもの人生があって、それぞれ抱えているものがあって、家族ではあるけれど、代わりはできないんだよなあ。
 ガンバレ!夫!!ガンバレ!息子!!ガンバレ!私!!
 


工作教室、開講! 2005年05月10日(火)

   最近、ずっと心の奥の方で考えていたことがある。
 カウンセリングの勉強会で友人に言われた言葉が、ずっと私の中に留まっていた。「今のままで(今の私に)、できることがあるはず。もっと何かを身に付けなくても、すでに(私は)持っているものがある」と。
 その言葉を聞いて思い出したのは、産業カウンセリングの会報に載っていた、目の障害を持ちながら産業カウンセリングの勉強をし、家族の協力を得て試験に合格した男性の話だった。男性はいま、職場でカウンセラーを務めながら、ボランティアとして盲学校で教職員のカウンセリングや傾聴の学習会も行い、常設の相談室も開設したという。
 彼が持っているものと、私が持っているものには、どんな違いがあるのだろう。そう思うと、「一歩踏み出してやってみる」という勇気の違いだけのような気がした。
 その会報を読んですぐに、私は自分の名刺を作り直した。「人権擁護委員は身近な心の相談相手」というキャッチフレーズを頭につけて、人権に関するワークショップや相談にいつでも応じることを書いた。
 私がいまボランティアとして唯一社会との関わりを持って活動しているものだ。
 以前にもらったものの、気恥ずかしくて、しまったままだった「人権擁護委員」の看板もやっと玄関に掲げた。
 少しだけ、今の自分にできることを、前面に出すことができたと思った。
 でもまだ、自信が足りないのだ。「これができます」と、人に胸を張って言えるものが自分にはまだないような気がするのだ。
 だから私はもっと勉強したいし、もっと何かを身に付けたいし、自分が今持っているものよりも、持っていないものに目が向いてしまうのだと思う。
 日曜日に家族で、自宅でこども工作教室を開いている人のお宅に行き、トールペイントを楽しんできた。
 うちよりももっと狭いスペースに、ところ狭しと道具や材料が置いてあり、一人500円で、たっぷり2時間かけて作品を作ってきた。子どもは、私がつくったものをえらく気に入り、「お母さんのが一番上手」と言って、うらやましがった。たしかに、私は作るの結構得意ではある。
 子どもがその夜、「お母さん、うちもいつか家でああいうのやろうよ!」と言う。
 今の私にできること、それって、自分が本当にやろうと思いさえすれば、ほんとはたくさんあるんだよなあ。子どもの言葉が心で響いた。
 月曜日、子どもが帰ってきてから、子どもと子どもの友達、そして私の3人で工作あそびをした。
 子どもと久しぶりにたっぷり遊んだような気がした。
 これも今の私にできることだ。今の私にできること、焦らずもっと、見つけていこうと思う。
 


同等ではなく対等に 2005年05月05日(木)

   きょうは子どもの日だ。最近、我が家の一人息子は、あまり情緒が安定していない。原因を私なりに想像してみると、アトピーの状態がよくない。学校で担任の先生と馬が合わない。親である私から命令されることが多い。などなど、いろいろ考えられるが、最近『機能不全家族〜「親」になりきれない親たち』(西尾和美著)を読んで、私自身の態度について反省も多々ある。
 専業主婦となり、子どもと過ごす時間はたくさん増えたのだが、増えたら増えたなりに、子どもの粗も目に付くし、今まで以上に構いたい気持ちが逆に裏目に出ているような気もする。お互い、口を開くとついケンカのようになってしまうこともあり、7歳の息子と口ゲンカをしている自分が、「親」になりきっていないことを感じる。
 夕べは、最近つい口ゲンカになってしまう度に、お母さんはとても悲しい気持ちになっていること、本当は仲良くしたくていつも気持ちを考えようとしていること、など話してみた。息子は泣きながら、本当は自分もいつもケンカした後悲しい気持ちになっていること、自分はもっともっとお母さんと遊びたいと思っていること、など話してくれた。
 夕べの話で、すぐにお互いの態度が変わるわけではないかもしれないが、ついまたケンカ口調になった後、お互いすぐに言い直したりしている。話し合う前より少しだけ、気持ちが通じ合っているような気がする。
 子育ては、本当に大人を成長させてくれるものだとつくづく思う。そして自分がまだまだ成長していないことをつくづく感じる。
 子どもと「対等」であろう。と思うのだけれど、「同等=同レベル」ではダメなんだよね。ときどき兄弟のように自分が「同レベル」の存在になっているのを感じるのだ。
 親として、子どもが食べているアイスクリームやお菓子をあんまり横取りしないようにしようと、最近意識している。どうしても好きなものになると、「親」じゃなくなっているんだよね。
 でも、対等って難しいもんだなあ。
 

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