同じ時間なのに 2005年02月28日(月)

   今日はボランティアの活動で、大神島へ行ってきた。大神島へ行くのは本当に久しぶりだ。学校に用があって行ったのだが、いまは小中あわせて児童生徒数は4人。島の人口はどれくらいなのだろう?おそらく20世帯くらいだろうか?
 いつ行っても大神島は時間が止まっているような感じがする。船の乗組員も10年前と同じおじさんたちだった。畑、井戸、家並み、石垣、自動車もない小さな島は小高い土地に集落があり、人気のない道を歩きながら、遠くに見える宮古島を眺めると、日常の出来事がすべて幻のような妙な気分になる。
 専業主婦となって、会社に出勤しなくなり、もうだいぶ経つのだが、私の時間はといえば、あっという間に過ぎていく。仕事を辞めたのだから、時間はいくらでもあるように思っていたが、むしろ、何もしないうちに時間が過ぎていってしまうような感じだ。
 ボランティア活動が唯一、私のプライベートな時間の区切りになっているが、その他は、毎日何もしないうちに時間だけが消えてなくなってしまう。何もしていないわけじゃないのに、たぶん、何をしても空しさというのか、無意味のような、自分のやることに意義とか甲斐とかが見出せないような感じなんだと思う。
 風邪がだいぶ治ってきて、体は元気を取り戻しつつあるのになぜだか元気がない自分にふと気が付いた。
 これは「燃え尽き症候群」のような状態だ、と。私にとって会社は、情熱を燃やすことのできない、歯がゆくつらい場所だったけれど、我慢してでも会社に行く、つらくても会社に行く、ということがある意味では、私の生きていく意義でもあったわけだ。
 これからやっと自分の好きなことをして自分の人生を見つけて行っていいんだ、という状況になったのに、人間の心というのは、複雑、摩訶不思議、皮肉なもので、簡単に割り切れないものなんだ、ということを自分の心でいま感じている。
 あっという間に2月も終わり。
 私にとって本当の自分探しの旅がいま始まっているのだと思う。
 


生きて帰ろう 2005年02月02日(水)

   専業主婦一日目の昨日は、とても忙しい一日だった。朝、子どもと夫を送り出してから、秋に栃木の実家から送られてきた玄米を精米した。ずっとほったらかしたままだったので、袋を開けてみると米ゾウムシがいて、ザルでふるい落としながら10キロのうち、約半分くらいを少しずつ家庭用精米機で精米した。それから買い物に行って、夫が昼には帰ってくるので食事の準備して、午後はボランティアの研修会、そして夜は懇親会だった。
 ボランティアの仲間が、4日にアメリカに向けて出発する私のために「壮行会をしよう」と言ってくれて、2次会まで行ってしまった。
 4日まで毎日予定が入っていて、子どもは私が家にいるのを楽しみにしているのに申し訳ない。
 でも、やはり私にとってはとても楽しみなことであり、これからの自分自身の生活を考えていくためにも、とてもいい機会だと思っている。
 アメリカの依存症治療を見に行く研修の募集を見たときから、ずっと行きたいと思っていた。パーソナリティ障害も依存症も根っこの部分では、とても似た問題を抱えていると思う。カウンセリングの先進国でもあるアメリカにはずっと行ってみたいと思っていた。そのために英語も勉強してきた(なかなか上達しないが)。7日間の滞在の中には観光もある。それに参加したから自分が何かできるようになる、というわけではないだろうが、スキルアップのためではなく、何か新しい目標を見つけるための旅になるのだろうと思っている。
 こんな風に自分がいままでとは違う生活をするようになるなんて、しかもこんなに早く実現するとは、ほんの数ヵ月前は想像もできなかった。
 私の背中を押してくれた夫や、私がしたいと思うことをバックアップしてくれる義母さん、「お母さんはお母さんのやりたいことをすればいいんじゃない。自分で決めればいいよ」と言ってくれる小1の息子、家族には本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
 二十歳を過ぎてから飛行機に乗るようになったからか、肝っ玉が小さいからかは知らないが、宮古―那覇間の飛行機でさえ、乗るときはいつも思う。死ぬかもしれない、と。大げさかもしれないが、必ず生きて帰らなければ、と思う。それが今の最大の目標だ。
 

トップページ