不安とワクワク 2005年01月25日(火)

   会社に出勤するのもあとわずかとなってきた。
 ここのところ、風邪を引いているらしく、ずっとのどが痛かったので、昨日は無理をせず会社を休んだ。
 小学一年の息子はいつも学校から会社に帰ってきて、おばあちゃんちに行くのだが、昨日はうれしそうに家に帰ってきた。そのうれしそうな顔をみたら、やっぱり母親が家にいるって、いいんだろうなあ、とつくづく思った。
 家族のために自分の人生を犠牲にするような思いではないが、しばらくは自分のためにも、家族のためにも家にいて、ご飯をつくったり、家事をするというのも悪くないなあ、と思う。こういう思いがいつまでつづくかはわからないけど、自分の生きがいややりがいをしっかり見つけながら、家を拠点にしてやっていけたらいいなあ、と思う。
 ここ数ヵ月で、私自身の考えもだいぶ変わっているような気がする。
 私はどちらかといえば、「主婦業」よりも「仕事」の方に興味があるタイプだ。いまも仕事はしたいと思っているが、これからは会社勤めではない仕事をしていきたいと思う。
 粘土でこれまで形作ってきたものを一度ねりなおして、またはじめから作るような思いだ。
 楽しみでもあるけど、やっぱり何も形にならないかもしれない、という不安もある。
 先のこと、考えすぎているかもしれない。今を楽しむこと、忘れているかも。
 来月からアメリカに行くこと、どんどんワクワクの気持ちが増している。今は体調を整えよう。
 


リゾートホテルにお泊り 2005年01月23日(日)

   昨日の晩は、カウンセリングを勉強している仲間5人で新年会と称し、宮古島で一番高級なリゾートホテルでディナーを食べ、そのままホテルに一泊してきた。
 少しずつ貯めていた会費がたまってきたので、みんなで使い道を考え、パーッと豪華に使おうということになったのだ。飲み放題プランのディナーでは、ワインのグラスが空になる前に、お願いしなくてもボーイさんがグラスにワインを注ぐため、ついついかなり飲んでしまった。お酒を飲みながらの雑談では、みないつもと違う開放感にひたり、普段は絶対に話題にならないような話で盛り上がり、楽しい一時を過ごした。
 ディナーの量も半端じゃなく、どれもおいしくて一皿一皿残さず食べていたら、最後のケーキ盛り合わせのデザートは、さすがにほとんど食べることができなかった。あんなに気持ち悪くなるくらい食べたのは、もしかしたら初めてかもしれない。トイレに行くのもきつくて、顔は青ざめていた。
 5人部屋の和洋室に入ってからは、みんなでお茶を飲みながらまた歓談。年齢は私が一番若くて、上は50代までのみんな働く主婦たちだ。この仲間のいいところは、お互いの歳をあまり気にしないで付き合える点だ。
 午前3時まで雑談は続き、それでもみんな朝7時には起きて朝食のバイキングをまたしっかり食べ、おしゃべりし、それぞれ忙しい日常に戻っていった。
 私はホテルから直行で会社に出勤している。土日の当番勤務も今日が最後となる。
 会社を辞めることになって、家事にも少し気合が入るようになって、これまでよくがんばってきたなあ、と思う。働きながら主婦をしている女性たちが、宮古では多いが、本当にみんなよくがんばっていると思う。
 これまで家事は、とにかく手を抜くことばかり考えていた。電気代が多少かかっても、費用が少しかかっても、自分がいかに手を抜くか、自分だって収入があるんだからこれくらいいだろう、という気持ちだった。時間と気持ちに余裕がなかったなあ、とつくづく思う。結局お金だって、だいぶ無駄遣いをしていたんだ、と思う。
 辞めることになって、家事を見直す気持ちになって改めて、食べ物を粗末にしないとか、物を大事にするという人として大事なことを、また心新たに取り組もうと思えるようになった。
 私が学ばなければならないことは、仕事をやめてもちゃんとあるんだな、と思う。
 


これからは専業主婦? 2005年01月20日(木)

   宮古島も寒い日が続いている。寒いといってもせいぜい16度前後、先日この冬一番の寒さで12.5度だったから、まだ今年は暖かいほうだ。
 でも、宮古島の冬は天気が悪い。関東にすんでいた頃は、冬は天気のいい日が多くて、からっ風に吹かれていたが、ここの冬は曇りや雨が多くて陰気な気持ちになってくる。だから、たまに太陽が出ると、本当に気分も明るくなる。
 大きな計画を立てると、予定通りに実行できるかどうかちょっと不安だ。とくに飛行機のチケットを購入するときそう思う。
 会社のほうは、引継ぎをする人がやってきてから、いつ社長に出て行けと言われても大丈夫なように、さっさと自分の荷物も片付け、席も完全に明け渡したのだが、どうやら今月いっぱいのようだ。
 時間はあってもネットがほとんど見れないのがちょっと残念。
 これまで出産して育児のために約一年間仕事を休んだことはあったが、本当に専業主婦になるのははじめて(?)というのか、なんというか、まだイメージがわかない。ゆっくりやっていこうと思いつつ、気持ちが落ち着かない。
 まあ、こんなときもあるよね。
 


変化はストレスの素 2005年01月11日(火)

   今日から私の仕事を引き継ぐ人がやってきた。
 一日中、仕事の引継ぎのためにしゃべりっぱなしで、これまでになく疲れる一日だった。
 自分で決めたことながら、何かを変えるというのは、すごくエネルギーのいるものだ、ということを感じている。後悔はしていない。よくこのご時世に、こんなある意味で無謀な決断をしたものだ、と我ながら思う。
 最近、体中に湿疹が出ている。かゆみはあまりないのだが、自分の中から何かがふき出しているような気がする。環境を変えるということは、ワクワクであろうとドキドキであろうと、やはりストレスなのだろう。
 もう船は出港した。後戻りはできない。前へ進むのみだ。
 


胎動 2005年01月06日(木)

   やっぱりもうひと波あった。
 私が会社を辞めるということで、年末からずっと黙っていた社長(義父)に呼ばれた。
 社長室に私一人を呼びつけ、あきらかにケンカを売ってきた。私が辞めることが、「この家の根幹に関わることだ」とか、「この会社を破壊しようとしている」とか、「ものを簡単に考えたら今に見ておけ、後悔することになるぞ」とか、脅しのようなナンクセ、イチャモンの数々を私にぶつけてきた。
 言っていることが明らかに矛盾だらけだった。
 昨年、私を辞めさせようとして弁護士まで間に入れ、あれほどヤッキになっていたのに、私から辞めますということが、今度は気に入らないのだ。
 パーソナリティ障害というよりも、もっと他の症状もあるのかもしれない。あきらかに記憶違いもあるようだった。
 受容とか共感とか、そんな生易しいものでは、この症状を和らげることはとても無理だと思う。手のつけようがない感じがした。少なくとも、当事者である私には、この人の気を治めることは無理だと思った。人のせいにすることで気が治まるなら、とりあえずそうすればいい、と思った。
 でも、どんなに冷静に対応しても、やっぱり私自身も傷ついた。私は一人、仕事で銀行へ行く車の中、自分の中に溜め込んだ怒りを吐き出し、締め切った車の中で「なんでもかんでも人のせいにするな!自分の人生の責任は自分でとれ!」と叫んだ。溜め込んでいた言葉もすべて吐き出した。そしたら、スッとした。
 私は心から自分の夢を実現したいと思った。今心に秘めている夢を実現させることが、すべてにおいてベストだと思った。
 私は傷つけられればられるほど、高く高く飛びたいと思ってきた。社長の言葉は、そのとき私を痛めつけても、私はその痛みを強い反発力にしてきた。つねに反対方向に向かう反発力にしてきた。今回の言葉も、私はこれを最後の反発力にしたいと思う。自分の夢に向かって確実に踏み出すための。
 大きな反発力があったから、私は10年前に抱いていた夢をまた思い出すことができたし、そこへいま、向かうことができる喜びも感じる。めげてはいられない。
 これまでの私は、煙だけを出して、ずっとくすぶりながら炎を出さずに燃えている火種のようなものだったと思う。ただ灰と煙を出すだけで、エネルギーを無駄に使っていた。誰かを温めるほどの力はなく、撒き散らす煙と灰で逆に迷惑をかけていたかもしれない。
 燃えたい燃えたいと思いながらも、いつも燃焼できずにいた。
 これからは、エネルギーの使い方を変えていきたい。自分の中に次々と入り込んでくる汚れた異物を処理するために使うのではなく、喜びや楽しみ、癒しや感動を生み出すために、エネルギーを使いたい。心からそう思う。
 会社を辞めることは、私にとって大きな意味のあることなのだ。会社のハンドルは社長が握るもの。私が握れるのは私の人生のハンドルだけ。もう、会社のハンドルをどうこうしようとは思わない。
 社長が爆発したことで、私も昨日までのモヤモヤした気持ちより、いまはだいぶスッキリした。
 新しい年が動き出した。
 


アメリカ 2005年01月04日(火)

   今日から仕事だ。
 辞めると決めてから、心は会社からどんどん離れている。心が離れると、会社はますます自分の居場所ではないような気がしてくる。社長はその後、引継ぎのことなど何の動きも見せない。近いうちに、もう一度今月中に仕事の引継ぎをしたいこと、2月にはアメリカに行くことを話そうと思う。
 2月にアメリカの依存症治療を見に行く研修がある。約10日間の研修だ。私は専門家でもないので、おそらく異色の存在かもしれない。でも、この研修に行きたいと思ったことが、「会社を1月で辞める」ということに直接つながったきっかけでもある。
 費用もかかるし、何かの資格が取れるわけでもないし、家族にも負担がかかるし、かなり迷っていた。でも、背中を押してくれたのは夫だった。
 アメリカに行くということが、その後の私にどう結びつくのかは分からないが、いまはもう少しリラックスした気持ちで行くのもいいかな、と思っている。
 私だけ大きなプレゼントをもらったような気持ちだ。夫に感謝! 本当にありがとう。
 でも、来月まであと一月、この一月がこの会社での10年間の締めくくりでもある。仕事の引継ぎのことや、なんだかんだと、まだ今月は何かありそうだ。大きな山を越えないといけない。さあ、とりあえず目の前の仕事、がんばろう。
 

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