携帯で交信するカンカカリャー 2004年12月24日(金)

   来年は、私の人生がまた動くときなんだと思う。
 会社を辞める決心をして、私はやっと自分の人生の主導権を取り戻したような気持ちだ。
 世間体とか、周囲の反応とか、見栄とか、体裁とか、自分の妙なプライドとか、意地とか…。これまで自分で自分を縛っていたものがとれて、今は本当に楽になっている。 仕事はまだしばらく、どうなるか不安定ではあるが、最近もう一度、本田健さんの『ユダヤ人大富豪の教え』を読み直している。そして、また気分が楽になっている。
 昨日は、義母が紹介してくれた神の声を聞く人を家に招き、家のことや家族のことなどをみてもらった。
 沖縄ではユタ、宮古ではカンカカリャーといい、人生のさまざまな転機にそういう人たちの声をきくのは、こちらではそう珍しいことではない。
 ただ、昨日招いた人は、これまでのカンカカリャーとはちょっと違っていて、線香などは一切使わず、神の声を伝え、願いをしていく。一番変わっているのは、携帯電話で、カウンセリングのスーパーバイザーのような先生と時々交信をとりながら、その願いのシメがこれでいいのか、確認をとるのだ。先生が「まだ」というときは、決まって私の心の中に疑問があったり、納得が行っていないときだった。それがまた不思議だった。
 一日がかりで、家の中だけでなく、神の声に従い、あちこちに連れて行かれ、願いをした。
 たいていのカンカカリャーは、家の中だけで願いをするのに対し、その人の場合は家を出て、その人の聞える声に従い移動するというのも変わっていた。右へ左へ、今の道をまっすぐ、または反対へと車を走らせ、実家の墓が移転前にあった場所や現在はなくなってしまった拝所(ほこらのようなもの)に導かれ、その場でまた願いをした。そういう目に見えない場所は、時には公園、時には道ばた、時には人の屋敷だったりしたので、さすがに変に思う人もいたかもしれない。でもそこは宮古の人、何をしているのか聞いてきた人は一人もいなかった。
 夫とは前世で何回も夫婦だったとか、私の前世も宮古に住んでいたとか、私の先祖の霊を昇天させたこととか、いろんなことが出てきて、不思議な体験をした。
 今回のことで私が受け取った大きなメッセージは、「先祖は常に私たちを天から見守ってくれている」というものだ。
 言葉にしたら簡単でシンプルな、当たり前のようなメッセージかもしれないが、いま私が感じるのは、そういうことだ。
 私たちがいまこうして生きているのは、私の両親、そのまた両親、そのまた両親、そのまた両親と、何代も何代もその代の人たちが生き抜いてきたからこそ、私がいるのであって、私に受け継がれてきた命は、どこの誰なのか名前さえわからなくても、川に源流があるように、私の命にも源流があって、それは地球の誕生、いいや、宇宙の誕生につながっているのだと思う。
 だから私は宇宙を、天を仰げばいいのだ。これまで生き抜いてきてくれた先祖に感謝しながら。そう思う。
 そういう思いは、だいぶ前から心の中にはあったが、昨日のことで、もっとハッキリした思いになった。迷いがどんどん消えていくようだ。
 
 


手綱を離すとき 2004年12月19日(日)

   ついに、社長(義父)に伝えた。会社を辞めさせてもらいたいこと。ほんの数分で話は終わったが、ドキドキした。緊張した。声がかすれた。
 この会社に入って10年、長かった。いろんなことがあった。社長の次男と結婚して、子供も生まれて、ただの平社員だった私は、社長の(息子の)嫁となり、急にそれまで仲の良かった同僚の態度が変わったり、これまでと同じように見える仲間でも、やっぱり私のことを「会社の人」と見ているということを後でイヤと言うほど感じたり、いろんなことがあって、私は会社の中で「友達」をつくらなくなった。
 社長が自己愛性パーソナリティ障害にちがいない、と思うようになったのは、まだ数年前のこと。自分の気持ちの中でも、いろんな変化があった。周囲も変わってきた。家族の大切さを心から知った。
 ワンマン社長の下で、困り果てる社員や夫、義母とともに、私だけ会社を辞めるわけにはいかない、という強い気持ちがずっと働いていた。
 何度も「辞めたい」と思ったが、そのたびに辞めることは負けること、逃げること、だと思った。
 私だけ逃げることはできない、と思った。負けることはなお悔しかった。だから、どんなことがあっても踏ん張ってきた。
 だけどいま、いろんなきっかけがあり、私も、夫も、義母も、それがいいと思えるようになった。
 私はやっと暴走している馬の手綱から手を離すような気分だ。何度も振り落とされようとしながら、それでもしっかり手綱を握っていた。
 社長は、私の話の切り出し方に文句を言っていたが、辞めるということにはOKだった。顔はずっと横を向いたままだった。私が手を離すことは、社長にとっても楽になることなんだと思う。私はいざというときには、なかなか食い下がらない嫁だったから。
 なかなか手を離せなかった自分のことを、決して勇気がなかったとは思わない。絶対に手を離さない覚悟を持って頑張っていたときの自分も、今の自分も、同じように今を誠実に生きていると思える。
 私も、夫も、義母も、その時その時で、いろいろと気持ちは変化してきた。人の気持ちというものに、「絶対」はないんだな、と思う。
 義母が言った。「その時その時、いいと思うことをするしかない。その時その時、いいと思うことをしていれば、必ず神様は導いてくれるはず」と。
 私もそう信じている。
 


決心 2004年12月15日(水)

   年末だというのに、今年はかなり暖かいような気がする。暖かいせいにするわけではないが、年賀状やらお歳暮やら、家のことでしなければならないことに、全然手がつかない。かといって、仕事が手についているかというと、仕事もあまり手につかない状態で、とりあえず最低限やらなければならないことをこなしているような感じだ。
 心を整理するためにも、ここにこうして書いている。
 日曜日の晩のことだっただろうか。いろいろなことがあって、いろいろな人からいろんな言葉をもらって、私はやっと決心がついた。
 来年は酉年でもあるし(あんまり理由にならないか)、私が宮古島に来て10年という節目の年でもあるし、新しいことにチャレンジしようと思う。先が見えない不安はあるけれど、私の人生にとって、また何かが変わる時期がきたと思う。
 会社を辞める、ということをやっと前向きに捉えられる時がきたのだ。そう思えるまでには、長い時間と曲がりくねった道のりがあった。でも、そのターニングポイントにたどり着くまで、私はいろんなメッセージを受け取り、一つや二つの理由ではなく、すべてのことがそうするように、私を後押ししてくれたように感じる。
 それほど、会社を辞めるということが、私にとっては難しくて、できなくて、人からも止められて、自分でも決心できなくて、「辞めない」ことに意味を見出していた。
 その決意のように固い自分自身の意志を、やっと自由に楽に健康な方向に、転換させることができたのだ。
 まだ、社長には話していないし、自分の仕事の引継ぎもあるし、まだ難関はあるけれど、自分の中の決心は変わらない。
 どうか、すべてがうまくいきますように、すべての神様とすべての仲間と、私の中にある秘めた力に、お願いしたい気持ちだ。
 


忘年会 2004年12月12日(日)

   今、私は迷っていることがある。
 昨日は、ボランティア活動をしている仲間との忘年会だった。あまりお酒は飲めないし、お酒は好きでもないのだが、お酒の場で心がほぐれて、本音が出たり、心の中にある会話ができたりするのは、結構好きだ。
 あまり飲まないままで3次会にまで行った。2次会あたりから面白くなってきて、今私が迷っていることを、本音の語り合いの中で話してみた。
 仲間も同じようなことで迷いがあるということがわかった。そして、私はこう言われた。「あなたならできるよ」。
 そういえば、同じようなセリフを以前にも言われたことを思い出した。そのときは、私は自分がこれ以上できない、と追い詰められた気持ちになっているときだった。それなのに「あなたにはできる」。そう言われたとき、私はこの人には私の気持ちは分かってもらえない。そう感じて、もうそれ以上、話をしたくなくなったのだった。
 同じようなセリフなのに、作日の言葉は、私の背中を押してくれるように、勇気を与えてくれた。
 感じ方、受け取り方というのは、受け手の心の状態によって、こんなにも違うものなんだな、と思う。
 作日の言葉はとてもうれしかった。私、お返ししたかな?ちょっと気になる。いつか、このお返しは必ずしよう。
 


「死」の逆は? 2004年12月10日(金)

   ここのところ、会社にいるのがキツイ。年末でみんなが忙しいために、なんとなく殺気立った雰囲気を感じている。
 私はといえば、忙しいことは確かなのだが、仕事よりも周囲に対して気を遣うことの方で疲れている。
 私はこれまで組織の中で働くことが向いていると思っていたが、そうでもないのかもしれない、とも思う。自分に合う人とやっていくのはよくても、自分に合わない人とやっていくのは、とても疲れるものだ。誰でもそうかもしれないが、ここのところそういう組織の中の人間関係にホトホト疲れている。
 先日のタロット占いで、実は最高のカードの手前に出たカードが、いまも少し気になっている。実は最高のカードの手前に「死」の逆さまのカードが出たのだ。
 「生まれ変わり」の意味もあるらしいが、死の苦しみを味わってから、たぶん未来が開けるのだと思っている。その死の苦しみが、いったい何なのか?やっぱりどこかで気になっているのだ。
 占いが自分の人生を決めるわけではない、と分かっているが、その「死」の逆さまのカードは、私にこれまで通りに生きるのではなく、何かアクションを起こすように、促しているように感じた。私はこれまで通り、ここで耐える、踏ん張る、待つ、のではなく、人生の新たな展開のきっかけを自分でつくってもいいのではないか?そんな気持ちになっている。
 とりあえず、年内は忙しく殺気立ったこの会社で、やるべきことをやろうと思う。
 年内仕事を片付けたら、年末には、空海の里、高野山に行く予定なので、神聖な場所で何か新しい境地になれないかな、と期待している。
 


新しい夢 2004年12月07日(火)

   最近、私は新しい夢ができた。これまでずっと自分にはできっこない、と思っていた夢だ。約10年かかって、私はこの夢を思い出し、そして10年前には全く想像もしなかった道をたどり、またその夢に出会った。
 この10年間は、私にこの夢を実現させるための力と勇気と知恵と意味とさまざまなものをくれたんだと、いま思う。
 自分で自分を縛っていた目に見えないヒモが、たくさんたくさんあったことも知った。
 「自分にはできない」と思っているものを直視しつづけても、「できる」ようにはならないけれど、「自分にできる」ことを見つけて、「自分のしたい」ことに焦点を当てていくことが、大事だということも知った。
 昨日、久しぶりにタロット占いをした。
 やり方も忘れていて、本当はやり直しはよくないらしいけど、3回もやってしまった。
 3回目の占いは、最後の最後に最高のカードが出た。つまり未来のカードだ。1回目、2回目のことなどすっかり忘れ、その最後の1回だけを心に留めて、自分のいいように解釈してしまった。まあ、いいか。
 タロットはカードの意味を解釈する楽しみがあるので、結構面白い。そして案外当たっているのが、不思議だ。
 私の夢、どうか叶いますように。
 


出口と入口 2004年12月04日(土)

   今日は40年ぶりという12月の台風が宮古島に接近したため(台風は消滅したものの)、風も強く雨も時折降っている。
 もう台風の被害はないだろうと思って庭に植えた花の苗や種から芽を出したばかりの草花たちが、強風に耐えている。
 きょうは宮古でBBS(Big Brothers and Sisters)というボランティア活動をしているメンバーに会った。事件などを犯した子どもたちが、社会に復帰し日常生活に溶け込んでいきやすいように、お兄さんやお姉さんのような存在として一緒に遊んだり、悩みの相談にのったりするボランティアだ。
 その中の一人が言っていた言葉が忘れられない。
「壁や葛藤だらけで、もどかしくてやってられない気持ちになることも多いけれど、それでも係わりをつづけている仲間が好き。見つけていきたい出口や入口に、自分も一緒に係わっていけたらいいなあと思う」。
 自分が迷路のような人生の岐路に陥ったとき、私は「出口」ばかりを探そうとしていなかっただろうか。迷路の中で探すべきものは、「出口」だけでなく、本当は新しい世界への「入口」でも良かったんだ。
 なんだか、そんなことを思いながら、自分の心のポケットに「出口」と「入口」という2つの言葉をしっかりとしまい込んだ。
 もしかしたら、人生って、「出口」を探す旅ではなく、「入口」を探す旅の連続なのかもしれないねえ。
 

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